Automotive Newsletter
Ⅰ. はじめに
内閣府では、国家戦略特区に位置づけられる、「スーパーシティ・デジタル田園健康特区」において、先端的サービスの実装に必要な規制・制度改革の実現に向けた取組みを行っています。具体的には、調査・実証を通じて規制・制度改革の妥当性・合理性等に関する具体的なエビデンス等を収集・整理するとともに、サービスの導入手順の整理など当該先端的サービスの社会実装や他地域への横展開に向け必要な調査を行うことを目的に、国(内閣府)の調査委託事業として必要な調査を行っています1。
2022年4月に、「スーパーシティ」2として茨城県つくば市・大阪府・大阪市を、「デジタル田園健康特区」3として石川県加賀市・長野県茅野市・岡山県吉備中央町をそれぞれ指定しました。これらの特区において、デジタルの活用と規制・制度改革を一体的に推進し、新たなサービスを実現することにより、未来社会の先行実現と、生活に関わる様々な分野における地域課題の解決を目指しています。
本号では、内閣府地方創生推進事務局がまとめた「令和6年度先端的サービスの開発・構築及び規制・制度改革に関する調査事業結果概要」4を基に、「スーパーシティ」であるつくば市及び「連携“絆”特区」である熊本県で行われたモビリティに関連する事業について紹介します。
Ⅱ. モビリティ関連の調査事業の結果概要
1. パーソナルモビリティの最高速度引き上げに向けた保安要員の代替手段の安全性検証
(1) 実証実験の目的及び概要
つくば市では、デジタル保安要員の安全性検証を行い、移動用小型車及び原動機を用いる身体障害者用の車等のパーソナルモビリティの規制緩和として、最高時速10kmへの引上げの実現に向けた実証実験が行われました。
(2) 現行の法制度
道路交通法上、移動用小型車及び原動機を用いる身体障害者用の車は、その構造として最高速度が時速6km以下である場合、これらを通行させている者は「歩行者」とされています(道路交通法2条3項1号、同法施行規則1条の4第2号ロ、1条の5第1項2号ロ)。
しかし、最高時速10kmの搭乗型移動支援ロボットについては、「歩行者」とはならず、歩道走行をする場合には、道路交通法77条1項の規定に基づく警察署長の道路使用許可を得る必要があります。この点、警察庁は、「「搭乗型移動支援ロボットの公道実証実験」に係る取扱いについて(通達)」(令和2年12月25日)を発出し、「搭乗型移動支援ロボットの公道実証実験等に係る道路使用許可の取扱いに関する基準」(令和2年12月一部変更)を定めています。
同基準では、搭乗型移動支援ロボットの最高時速が6kmを超える場合などの実施場所の要件(同基準1(2)ウ(イ))や保安要員の配置(同(4))が義務付けられています。
(3) 実証実験の内容
ア プレ実証
本実証実験においては、保安要員の代わりにGNSS及びLiDARが活用されました。
「GNSS(Global Navigation Satellite System)」とは、人工衛星と通信し、地球上の位置情報を割り出すシステムのことです。本実証実験では、搭乗型移動支援ロボット(「以下本モビリティ」といいます。)が位置情報を把握し、事前に設定された速度抑制エリアに進入すると、最高時速6kmになるように自動で減速制御を行い、また、速度抑制エリアに進入した場合には、音響、音声等により減速信号を搭乗者に伝えて注意喚起も行う技術が用いられました。
「LiDAR(Light Detection And Ranging)」とは、レーザー光を利用して対象物を測量するリモートセンシング技術であり、本実証実験では、2段階で利用されました。1段階目は、歩行者等が機体前方7m、側方4m(機体左右2m)の範囲(以下「減速範囲」といいます。)に入ると、本モビリティが自動的に減速し、停止するというもの(以下「LiDAR第一段階」といいます。)です。2つ目は、歩行者等が減速範囲に入ると、本モビリティが最高時速6kmに自動で減速し、歩行者等がさらに本モビリティに近づき、機体前方3m、側方1m(機体左右0.5m)に入った場合には本モビリティは停止するというもの(以下「LiDAR第二段階」といいます。)です。
2024年9月から11月に行われたプレ実証では、筑波大学敷地内という閉鎖空間において、上記技術が問題なく機能するかについての確認がなされました。GNSSについては、本モビリティの速度抑制エリアへの侵入が感知されてから、進行距離2m未満で減速信号を発信し、自動減速開始から3m未満で時速6kmへの減速が完了したとのことです。LiDAR第一段階については、歩行者に見立てた対象物には衝突せず、安全性を確認できたものの、減速範囲内にある歩行者等を必要以上に検知してしまい、停止を繰り返すという問題が検出され、実用性が乏しいことから、本実証(モニター実証)の対象外とされました。
イ 本実証(モニター実証)
プレ実証を踏まえ、2025年3月にモニター40名のもと、筑波大学敷地内という閉鎖空間において、実証実験が行われました。GNSSについては、問題なく機能し、全体を通じて一定の安全性を確認することができたとのことです。他方、LiDAR第二段階については、斜めからの接近では、歩行者の侵入するタイミングや速度によって実験結果にぶれが生じる等、実証方法の課題が抽出されたとのことです。
モニターを対象としたアンケート調査においては、歩行者目線での走行する機体に対する意識について、約60%の人が「安心で、安全だ」と回答し、約30%の人が「安全だが、ややひやりとするときがある」と回答しています。
ウ まとめ
本実証(モニター実証)の結果を踏まえると、保安要員の代わりにパーソナルモビリティに上記のデジタル技術を導入することで、衝突回避並びに搭乗者及び歩行者への注意喚起を行うことによって、時速10km走行における一定の安全性が確認されたようです。
2. 自動運転バスが周辺交通に与える影響の軽減に向けた調査
(1) 調査概要及び調査目的
比較的低速で走行する自動運転バスが周辺交通に与える影響の調査及び自動運転バスによる移動サービスの早期実現に向けた調査を行い、自動運転バスの低速運行による渋滞の発生に伴う周辺交通への影響を軽減に向け、自動運転バスに限定して追越し禁止場所における追越しや停車禁止場所における停車に関する規制を緩和することを目標として実証実験が行われました。
(2) 現行法上の規制内容
道路交通法は、「車両」について、追越し禁止場所を定め(同法30条)、また、停車及び駐車を禁止する場所を定めています(同法44条)。追越し禁止場所については、特定小型原動機付自転車を除いて、「他の車両」に該当する場合には一律の「他の車両」の追越しが禁止されています。
(3) 調査・実証内容-自動運転バスが周辺交通に与える影響の軽減に向けた調査
2025年1月に、つくば市において調査が行われました。本調査においては、①交差点への交通影響に関する検証と②一般道単路部走行時の交通影響に関する検証の2つの項目が設定されました。
ア 交差点への交通影響に関する検証
自動運転バス走行における車間距離は一般車両の平均1.03倍の車頭時間(ある地点を先行車両の前端部が通過してから後続車両の前端部が通過するまでの時間)であり、また、後続車との車間距離は適正に保たれていたとのことです。また、自動運転バス走行における通過交通量の変化については、バスが交差点を通過する前後3分間の平均交通量は全時間帯前後比100%未満で、交通量に与える影響は少ないという結果でした。
これらの調査結果を踏まえ、今後の方策としては、歩行者や軽車両への交通影響についても調査して、多様な状況への配慮を検討していくとされています。
イ 一般道単路部走行時の交通影響に関する検証
一般道単路部走行時においては、一般車両の平均約1.2倍の車頭時間であり、また、交差点付近と同様に後続車との車間距離は適正に保たれていたとのことです。また、通過交通量の変化については、バス通過前後比は88%から162%程度と時間帯により差異がありましたが、通過台数自体は少ないため、交通影響の可能性は低かったとのことです。そして、自動運転バスの追越しについては、バス停への進入時や停車時の追越しで危険なケースは見られなかったとのことです。
これらの結果を踏まえ、一般道単路部は比較的交通量が少なく、増加率が相対的に大きく出る傾向があるため、継続して交通影響を把握して実態をつかむことが重要である一方で、追越しについては、危険なケースは見られなかったものの、見とおしの悪い場所等を想定し、安全対策を検討する必要があるとされたとのことです。
3. 公共交通機関の利用促進のための柔軟な運賃設定に向けた調査
(1) 調査概要及び調査目的
「連携“絆”特区」である熊本県では、交通渋滞が社会問題となっており、渋滞抑制策の1つとして公共交通の利活用の促進が検討されています。一方で、公共交通事業者の運営リソースにおける制約も大きく、「公共交通の利用促進」と「需給バランスの最適化」の双方を達成する施策が必要となっています。そこで、オフピークサブスク運賃等の導入による行動変容や経済効果等の検証が行われました。
(2) 現行法上の規制内容
一般乗合旅客自動車運送事業を経営する者は、旅客の運賃及び料金の上限を定め、国土交通大臣の認可を受けなければならないものとされています(変更も同様。道路運送法9条1項)。但し、地方公共団体、事業者及び関係住民の代表者等による協議会の協議が調った場合には、上記の認可によらず、国土交通大臣への届出により運賃を定めることができます(同条4項)。この協議前には、公聴会の開催等の住民、利用者その他利害関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じることが求められています(同条5項)。
(3) 調査・実証内容
オフピークの時間帯において、路線バス・鉄道を半額で利用できるとするサブスク運賃のパスを発売し、オフピーク時間帯の公共交通利用を促進する施策の効果検証を行いました。購入者のうち66%は新規外出が増加したと回答し、新規外出誘発による1.8億円の経済効果等が見られたとのことです。
柔軟な運賃設定を実現する手法について、バス事業者及び有識者との間で意見交換を行い、当該運賃の導入による利用者による不利益が軽微であること等の「一定の条件」を満たした実証実験については、運賃協議を不要とし、実証実験の中で大きな問題が発生しなかったことをもって、運賃協議に代えるという規制緩和案が有望であるとされました。
Ⅲ. おわりに
1. これらの実証実験から得られる示唆
上記II.1.及び2.の実証実験においては、実際の走行による安全性の検証とアンケートによる社会的受容性の確立を目指す姿勢が窺われ、モビリティという多様な場面が想定される分野において、着実に実証実験を積み重ねることの重要性が見て取れます。
また、上記II.3.の調査においては、運賃という切り口から社会課題を解決する取組みが行われており、その実現のための規制緩和の必要性の高さが窺われます。
2. 今後の展望
(1) 個別の規制改革事項
2025年6月「特区制度を活用して取り組む規制・制度改革事項等(案)」において、上記II.1.で取り上げたパーソナルモビリティの速度制限緩和については、「2025年度早期に道路使用許可を得た上で公道実証等を行い、必要な措置を検討する」とされました。
(2) 地方創生2.0との関係
特区制度については、2025年6月13日付「地方創生2.0基本構想」においても「特区制度の運用を抜本的に強化する。」と謳われており、本調査事業に限らず、特区制度の活性化が期待されています。
脚注
- 内閣府地方創生推進事務局「先端的サービスの開発・構築及び規制・制度改革に関する調査事業(スーパーシティ・デジタル田園健康特区対象)」の公募について(2024年4月22日)・調査事業の実施主体の選定に際しても、規制制度改革の明確化、地域における連携及び社会実装に着目されている。
- 「スーパーシティ」とは、移動・物流・健康・医療・まちづくり・行政手続等、暮らしにかかわる幅広い分野にまたがって、先端技術を活用した新たなサービスの提供に取り組む特区をいう。同特区では、サービスの実現に向けて、様々なデータを連携・共有するための「データ連携基盤」の整備や規制改革が進められている。(内閣府地方創生推進事務局「スーパーシティ・デジタル田園健康特区」。)
- 「デジタル田園健康特区」とは、全国的に人口減少・少子高齢化が進む中、地理的に離れた自治体が広域的に連携しつつ、大学や医療機関、関連事業者等との強い連携のもと、規制改革とデジタル技術の活用により、健康・医療分野を中心に地域の課題解決を進める特区のことである。(内閣府地方創生推進事務局「スーパーシティ・デジタル田園健康特区」。)
- 内閣府地方創生推進事務局「令和6年度 先端的サービスの開発・構築及び規制・制度改革に関する調査事業 結果概要」(2025年5月16日)