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Ⅰ. インドネシア:新刑法及び新刑事訴訟法下の法人の刑事責任
2026年1月2日、インドネシアにおいて、新刑法(法律2023年1号)、刑事訴訟法(法律2025年20号)が施行され、同日、刑事罰の整合化に関する法律2026年1号(「法律2026年1号」)が、公布・施行されるに至りました。これにより、法人の刑事責任の枠組みが抜本的に改正されています。本レターでは、上記各法律の施行による重要な改正点について解説します。
1. 法人の刑事責任の拡大
従前、法人は刑法上の責任主体として明示的に規定されておらず、法人の刑事責任は、汚職撲滅法といった特別法下の両罰規定という形で個別かつ断片的に規定されているのみでした。その結果、法人の刑事責任は、特別法が明示的に法人に責任を拡張している犯罪に限って生じるものと一般的に理解されていました。
新刑法により、法人が刑法上の責任主体として規定され、刑法上の一般的な犯罪についても法人が責任を負い得ることが定められています。
新刑法上、いかなる者の行為が、いかなる場合に法人の刑事責任を生じさせるのかも明確化されました。すなわち、①経営陣、支配者、実質的所有者等の法人と一定の関係を有すると法定された者により犯罪が行われ、②当該犯罪が、法人の事業活動の範囲内に属し、違法に法人に利益をもたらし、法人が防止しなかったことにより発生した場合等に、当該犯罪について法人が刑事責任を負い得るとされています。
また、新刑法及び法律2026年1号により、法人の刑事責任が生じた場合、経営陣、支配者、実質的所有者にまで刑事責任が拡張され得ることも規定されました。支配者・実質的所有者には、(明示されていないもののある程度抽象的に定義されていることもあり)株主も含まれるように思われ、具体的な事案によっては、株主にまで責任範囲が拡張され得る点についても留意が必要です。
さらに、新刑事訴訟法及び法律2026年1号により、法人の刑事責任が生じた場合、それが合併、会社分割、解散等の法人行為により当然に消滅するものではないことが明確化され、承継責任の概念が認められています(詳細については、今後の施行規則によることとされています。)。なお、旧経営陣の刑事責任が新経営陣に承継されることまでは規定されていません。
2. 法人に対する刑事罰
新刑法上、法人に対する主たる刑事罰は罰金刑とされ、罰金額は(犯罪の性質に応じて)2億~500億インドネシアルピア(約180万~4億5千万円)の範囲とされています。もっとも、法律2026年1号により、裁判所がその裁量により、対象法人の直前の事業年度における年間利益の最大10%まで罰金額を引き上げることが認められています。
また、新刑事訴訟法上、罰金は、原則として判決が確定した後1か月以内に支払われなければならず(正当な理由がある場合には1か月の延長可)、法人が所定の期間内に支払いを怠った場合、検察官により、法人の資産が差し押さえられ、競売に付される可能性があります。
さらに、法律2026年1号により、法人に対して科され得る付加的刑事罰として、法人犯罪の取扱いに関する指針(最高裁規則2016年13号)に規定されていた資産の没収、損害の補償等に加え、懈怠した義務の履行、一定の許認可の取消し、事業活動の全部又は一部の停止、解散命令等の法人活動に重大な影響を及ぼし得る刑事罰が新たに規定されています。
3. 裁判所承認型DPA制度の導入
新刑事訴訟法により、法人犯罪事案に限定した、裁判所の承認を条件とする起訴延期合意(Deferred Prosecution Agreement:「DPA」)の制度が新設されています。
DPAは、刑事責任を負い得る法人が一定の是正措置(例えば被害者に対する賠償金の支払等)やコンプライアンス強化、捜査への協力等の義務を負うことと引き換えに、裁判所の承認を条件として検察官による起訴が一定期間延期され、所定期間内に法人が当該義務を履行すれば、最終的に起訴されることなく被疑事案が終結し得る仕組みを指します。
DPAについては、法人が、被疑事案が裁判所に送致される前にDPA制度利用の申請を行うことによって手続が開始され、検察官が合意する場合、裁判所の審査に進みます。裁判所は、法人が負う義務の相当性、被害者の有無、事案の公共性、法人の義務遂行能力等を踏まえ、承認するか否か判断します。
裁判所の承認を得たにもかかわらず、法人側に義務違反があれば、検察官は、さらなる裁判所の承認を得ることなく起訴手続を再開できます。
以上のとおり、上記各改正により、法人の刑事責任の枠組みが明確となり、また、法人に対する刑事罰の実効性も強化されています。実際の運用状況は今後の実務を注視する必要がありますが、(支配者・実質的所有者を含む)法人が刑事罰を負い得る場面が増加する可能性があることを踏まえ、これまで以上に、インドネシア現地子会社の法令遵守の徹底が必要になることに加え、M&A取引の場面においても、買収対象インドネシア法人の刑事責任を承継しないかという観点からの確認が重要になるように思われます。
Ⅱ. シンガポール:2025年電子譲渡等法案の成立―不動産譲渡等の手続のデジタル化
2025年10月15日、Electronic Conveyancing and Other Matters Bill(「本法案」)が国会で可決されました。シンガポールにおける不動産譲渡等の取引に際して、従来は物理的な紙ベースでの手続を要しましたが、本法案が施行された場合、ペーパーレス・デジタルな手続が可能となります。以下では、本法案の概要と実務への影響について解説します。
1. 従前の手続と課題
これまで、シンガポールの不動産譲渡等の取引における譲渡手続には、以下のような物理的な書類と対面でのやり取り等の手続が必要でした。
- 紙ベースでの締結:不動産の譲渡契約書や、不動産権益を移転するための証書(Deed)について、物理的な紙の書類への署名・捺印が必要でした。
- 物理的な立会い:書類の締結(署名等)にあたっては、証人が物理的に同じ場所に立会うことが必要でした。
- その他アナログな事務手続:不動産譲渡の中核となる契約締結や証書の作成・受け渡し、決済等については、依然として紙の文書のやり取りや物理的な支払手続(小切手等)に依存する部分が大きく、行政機関や金融機関、弁護士間での調整負担が生じていました。
従来から施行されている電子取引法(Electronic Transactions Act 2010(ETA))は、一般的な取引の電子化を対象としている一方、不動産取引関連の契約や権利移転等の特定の文書・取引については適用対象外とされていました(同法4条及びスケジュール1)。
2. 本法案の概要
上記のような課題を背景に本法案が成立し、本法案の施行により、以下の手続等を電子的に行うことが可能となります。
- 契約・証書(Deed)の電子署名:本法案により電子取引法が改正され、不動産の譲渡その他の処分に関する契約やこれに関連する証書(Deed)について、シンガポール土地庁(SLA)が開発するDCP(Digital Conveyancing Portal)等のPETS(Prescribed Electronic Transaction Systems)で作成・署名・保存された電子的記録も、紙ベースでの締結・署名と同等の法的効力を有することとなります。
- 遠隔での立会い:PETS上で行われる不動産譲渡等に関する電子文書(conveyancing document)への署名について、一定の要件等を満たすことを前提に、証人・署名者がいずれもシンガポール国内に所在する場合には、遠隔的な手段による立会いが可能となります。
- その他:PETSを通じて、権利移転や支払処理等の手続までオンラインで完了することが可能となります。
なお、本法案については現時点では未施行であり、施行日は別途告示されることになっています。
3. 今後のビジネスへの影響
本法案の施行により、不動産売買やリース取引、融資に係る契約締結・登記作業が、DCP等を通じて電子的に完結することで、手続の迅速化やコスト削減が期待されます。
一方で、これまでの慣行・手続からの移行に伴って、セキュリティ対応、システム運用上の課題も生ずる可能性があるため、一定期間は、物理的な署名と電子署名のハイブリッドな運用やトラブル対応策等の体制整備が求められることが考えられます。
Ⅲ. タイ:会社設立登記時の必要書類の追加
ノミニースキーム(名義貸し)や実体のない会社の設立の防止を主たる目的として、2026年1月1日に、非公開会社の設立に関する一連の新規則(「本新規則」)が施行され、一定の要件に該当する場合には、会社設立登記時に追加資料の提出等が求められることとなりました。
1. 本新規則の概要
(1)一定の株主構成又は外国人署名権限取締役構成に該当する場合
①外国人株主の持株比率が50%未満である場合又は②株主は全員タイ人であるが外国人取締役が単独又は共同で署名権限を有する場合、タイ人株主全員について以下の両資料の提出が求められます。
- 資本金払込みに使用した口座の過去3か月分の銀行取引明細書
- 資本金の払込金額及び払込日と一致する資金の引出し又は振替を示す証憑
銀行取引明細の提出については、プライバシー及び事業機密の観点から、タイ人株主が抵抗感を示す可能性があり、合意形成及び資料の収集に一定の時間を要することが想定されます。
(2)特定の株主が存在する場合
以下に該当するタイ人株主が含まれる場合、追加書類の提出及び追加的な手続が求められ、設立手続が大幅に遅延する可能性があります。
- 国家福祉カード(State Welfare Card)の保有者(いわゆる低所得者)
- マネー・ロンダリング防止局(Anti-Money Laundering Office)により不審取引等に関連する者として把握されている者
(3)登記上の住所が既に5社以上により使用されている場合
登記上の住所が既に5社以上により使用されている場合、以下の追加書類の提出が必要となります。
- 建物所有者又は使用権限者からの同意書
- 土地権利証書又は賃貸借契約書等の使用権限を証明する書類
2. 実務への影響
本新規則は、日系企業にとっては、タイへの新規進出、現地パートナーとのジョイント・ベンチャー、タイ子会社グループ内の組織再編又はその他のM&A取引等に伴う新会社の設立の場面において、スケジュールへの一定の影響が想定されます。特に相手方が存在する取引においては、登記完了までの期間が従来より不確実となる可能性があるため、契約上のクロージング日の設定やロングストップ条項等について、当該不確実性を前提とした調整を行うことが推奨されます。
今後、内部ガイドラインの整備等により運用の詳細が明確化される可能性がありますが、当面は、会社設立に際して従来以上に慎重な事前準備及びスケジュール管理が求められます。
Ⅳ. フィリピン:会計監査を要する会社の基準の変更
2026年1月20日、フィリピン証券取引委員会(「SEC」)は、2026年通達第4号(SEC Memorandum Circular No. 4, Series of 2026:「本通達」)を発出し、財務書類に対して会計監査を行う必要がある会社の基準を変更しました。本通達による改正前においては、総資産または総負債が60万フィリピンペソ(約160万円)以上の会社について会計監査が要求されておりましたが、この基準は現在の経済状況を反映したものではなく、小規模の企業に不合理な負担を生じさせているとの批判がありました。
本通達による改正後は、総資産または総負債が300万フィリピンペソ(約800万円)超の会社が会計監査の対象となります。一方、総資産または総負債が300万フィリピンペソ(約800万円)以下の会社(ただし、上場会社や一定の業種の会社を除く。)については、会計監査を行う必要はなく、代わりにChairman、President及びTreasurerが財務書類の適正性について表明する書類(Statement of Management's Responsibility)を作成する必要があります。
本通達による新しい基準は、2025年12月31日以後に終了する会計年度に関する財務書類に適用されます。そのため、2025年12月31日を最終日とする会計年度(2025年1月1日~2025年12月31日)の財務書類に適用がある点に留意する必要があります。
Ⅴ. マレーシア:就労ビザの給与基準引き上げ
マレーシア内務省は、2026年1月14日、就労ビザ(Employment Pass)取得のための給与基準を引き上げることを公表しました。2026年6月1日以降の就労ビザの新規申請又は更新の申請は下記の給与基準を満たすものである必要があります。
| カテゴリー | 現在の給与基準 | 新しい給与基準 | Employment Pass Duration |
| Category I | 10,000リンギット以上 (約392,000円) | 20,000リンギット以上 (約784,000円) | 10年まで |
| Category II | 5,000 - 9,999リンギット (約196,000 - 392,000円) | 10,000 - 19,999リンギット (約392,000 - 784,000円) | 10年まで(更新あり) |
| Category III | 3,000 - 4,999リンギット (約117,000 - 196,000円) | 5,000 - 9,999リンギット (約196,000 - 392,000円) | 5年まで(更新あり) |
注:マレーシアの就労ビザは3つのカテゴリーに分かれており、家族帯同・メイド雇用の可否や雇用期間が異なっています。
給与基準がおよそ2倍の金額に引き上げられていることから、日本人を含む外国人労働者をマレーシアで雇用している企業にはインパクトが大きいと見込まれます。2026年6月1日以降に就労ビザの申請を検討されている場合は、給与体系の見直し等を早めに行っておく必要があります。
今月のコラム ―インドチームSubham Agarwala弁護士より自己紹介―
今月は、当事務所インドチームより、Subham Agarwala弁護士の自己紹介をお送りさせていただきます。
私、Subham Agarwalaは、森・濱田松本法律事務所東京オフィスに所属するインド法資格を有する外国法事務弁護士です。インド関連投資を中心に、クロスボーダーM&A、プライベート・エクイティ取引、ジョイント・ベンチャー、一般企業法務について11年以上の実務経験を有しています。私は、第二東京弁護士会に外国法事務弁護士として登録しており、インドではマハラシュトラ州とゴア州の弁護士会に登録されたadovocateとして法曹資格を有しています。2014年にインドのNALSAR University of Lawを卒業し、法学学士(優等)を取得しました。在学中には、米国オレゴン州ポートランドのLewis & Clark Law Schoolにおいて1学期間の国際交換プログラムにも参加しています。
森・濱田松本法律事務所に入所する以前は、インドの大手法律事務所であるCyril Amarchand Mangaldas(ムンバイオフィス)のコーポレート部門にてシニア・アソシエイトとして勤務し、銀行、保険、製造業、テクノロジーなど多様な業界に属するインド国内クライアントや海外クライアントに対し、上場会社・非上場会社を問わず、様々な助言を行ってきました。例として、会社の支配権を取得するM&A取引、戦略的ジョイント・ベンチャー、Minority投資/Majority投資、企業再編等に関するサポートが挙げられます。
森・濱田松本法律事務所に2020年2月に入所して以降は、日本企業の皆様によるインド投資案件について日常的に助言を行っています。取り扱う案件は、インド企業とのジョイント・ベンチャーの組成、インド上場会社の買収(インドの買収規制に基づき強制的公開買付義務が生じる取引を含みます。)、上場会社へのMinority投資、非公開会社の株式取得等、多岐にわたります。また、インドで事業を行う日本企業の皆様に対しても、現地でのコンプライアンス、コーポレート・ガバナンス、取引のストラクチャリング等に関して継続的に企業法務に関するアドバイスを提供しています。過去6年間にわたり日本に拠点を置いていることから、日本のビジネス文化とインドの法規制の双方を深く理解し、日本企業の日本本社の皆様やインドの現地に駐在してマネジメントを司っていらっしゃる皆様と緊密に連携しながら、クロスボーダー取引において、法務面からビジネス面や文化面に至る調整を図っています。
インド人弁護士として6年間日本で執務する中で、日本のビジネス文化におけるプロフェッショナリズム、正確性、そして長期的な関係を重視する姿勢に深い感銘を受けています。日本では、意思決定が非常に慎重に、そして、合意の形成を重視して行われることが多く、それが関係者間の強い信頼関係を築いていると感じます。インドの視点から見ても、日本の職場環境における相互尊重と品質への強いコミットメントが、特に印象的です。なお、私は、日本食をこよなく愛し、とりわけ、寿司、天ぷら、ラーメンを大いに満喫していることも付け加えさせてください。
最後になりますが、私の仕事のスタイルは、実務的で解決を志向するアプローチを特徴としており、日本企業の皆様の戦略的な目標に即し、ビジネス的な観点にも根差して合理的なアドバイスを提供することを重視しています。英語とヒンディー語に堪能ですので、日本人弁護士と密接に協働しながら、シームレスで効果的なクロスボーダー法務サービスをこれからも提供していきたいと思っています。
皆様とお仕事をご一緒させていただけることを楽しみにしております。

日本各地で四季を楽しんでいます!(左:2025年夏、知床にて。右:2025年冬、白馬にて。)
(Subham Agarwala)
(翻訳:臼井 慶宜)