Ⅰ. はじめに
2025年3月25日、デラウェア州知事は、デラウェア州会社法(Delaware General Corporation Law (DGCL))の改正案(Substitute 1 to Senate Bill 21(SB21))に署名し、同改正案が同日付で発効されました。
長年、デラウェア州は、実際に事業をデラウェア州で行うか否かにかかわらず、米国法人を設立する際の設立州として優位な地位を築いてきました。現に米国の証券取引所に上場する企業の半数以上がデラウェア州を設立州として選択しています。設立州としてデラウェア州が選ばれる主な理由は、①デラウェア州議会が毎年DGCLの見直しを行い、最新の法的問題に対応できるようにしており、DGCLが企業に予測可能性と安定性を提供していること、②デラウェア州の企業紛争案件は陪審員ではなく専門知識を有する7名の裁判官から構成されるデラウェア州衡平法裁判所(Delaware Court of Chancery)で審理され、かつ、デラウェア州衡平法裁判所の上訴裁判所であるデラウェア州最高裁判所はデラウェア州会社法に関する豊富な知識と経験を有する5名の判事から構成されており、これらの両裁判所によって長年にわたって多くの企業紛争に関する裁判例が蓄積されていること等と言われています。
そのような中、近年、Tesla社がデラウェア州からテキサス州に再設立(reincorporate)したほか、いくつかの著名な企業がデラウェア州を離れて他の州での再設立(reincorporation)を検討する等、いわゆる“DExit”と呼ばれる動きが一部ではみられています。また、テキサス州では、上場企業をテキサス州に誘致するために、テキサス州における複雑な企業紛争の解決に予測可能性かつ効率的な解決手段を提供することを目的として、デラウェア州衡平法裁判所に倣い、2024年9月、テキサス州ビジネスコート(Texas Business Courts)を設置しています。
SB21は、近年の“DExit”の動きに対応するためという声もあるところ、SB21によるDGCLの改正により、支配株主取引や利益相反取引に関して対象会社の取締役がさらされる訴訟リスクが軽減されるほか、企業にとって予測可能性が高まることが期待されています。
本ニュースレターでは、SB21のうち、144条に関する改正のポイントを解説いたします1。
Ⅱ. DGCL144条の改正
1. 支配株主取引(非公開化取引以外)
SB21による改正後の144条(b)は、非公開化取引以外の支配株主取引(controlling stockholder transaction)2について、以下のいずれかの条件を満たす場合には、信任義務(Fiduciary Duty)違反に基づく損害賠償や衡平法上の救済措置の対象にならない旨を規定しています(セーフハーバールール)3。
① 取締役会が明示的に交渉(又は交渉の監督)及び取引の拒否権限を付与した特別委員会の全てのメンバーに支配株主取引に関する重要な事実4が開示されているか又は認識されており、利害関係のない取締役の過半数によって、誠実かつ重大な過失なく当該支配株主取引が承認(又は承認が推奨)されている場合。但し、特別委員会の構成員に取締役会が利害関係がないと判断した取締役が2名以上含まれていることを条件とする。
② 当該支配株主取引が株主の承認又は追認のために株主に提案された時点において利害関係のない株主の承認又は追認を条件としており、かつ、情報の開示を受け、強圧性がない状態において、利害関係のない株主の議決権の過半数をもって当該支配株主取引が承認又は追認されている場合。
従来、デラウェア州最高裁判所は、Kahn v. M&F Worldwide Corp.(MWF判決)5において、支配株主による締め出し合併の事案において、完全な公正性(entire fairness)の基準ではなく、ビジネス・ジャッジメント・ルール(経営判断の原則)を適用するためには、大要、利害関係のない取締役(特別委員会)及び利害関係のない株主の承認の両方が必要であると判示していました。MWF判決は、支配株主による締め出し合併の事案であったため、締め出し合併以外の支配株主取引全般についても、MWF判決で判示された上記の基準が妥当するかについては学者及び実務家の間で議論の対象となっていましたが、2024年4月、デラウェア州最高裁判所は、Match Group, Inc.の事案(Match判決)6において、非公開化取引に限らず、支配株主が非比例的な利益を受ける全ての支配株主取引について、デフォルトの審査基準が完全な公正性の基準(entire fairness)であることを明確にしました。また、Match判決では、特別委員会の全ての構成員が利害関係がなく独立している必要があるとしていました。
SB21は、上記のMWF判決及びMatch判決の要件を緩和し、Match判決、MFW判決及び関連する判例で示されたコモンローに一定の変更を加えるものといえます。まず、SB21では、非公開化取引以外の支配株主取引については、上記①の要件を満たす特別委員会の承認又は上記②の要件を満たす株主の承認のいずれかを取得することがセーフハーバールールの要件とされているため、利害関係のない取締役及び利害関係のない株主の承認両方を必要とするMFW判決の要件を緩和するものといえます。
また、SB21では、支配株主取引全般について、特別委員会の構成員に少なくとも2名以上の利害関係のない取締役が含まれており、かかる利害関係のない取締役の過半数の承認があればセーフハーバールールが適用されるとされているため、特別委員会の全てのメンバーが利害関係なく独立している必要があるというMatch判決の要件を緩和しています。加えて、MWF判決及びその後の関連判例により形成されているコモンローでは、実質的な交渉が始まる前に(ab initio)、あらかじめ、特別委員会株主の承認を当該支配株主取引の条件としなければならないとされていたところ、SB21では、株主の承認を求める場合、株主の承認を求める時点で当該条件が付されていれば足りることとされています。
2. 非公開化取引に該当する支配株主取引
SB21による改正後の144条(c)では、支配株主取引が非公開化取引(going private transaction7)に該当する場合、上記「1.支配株主取引(非公開化取引以外)」で記載した①及び②の条件を満たす場合には、損害賠償や衡平法上の救済措置の対象にならない旨が規定されています。SB21の改正内容がMFW判決、Match判決及び関連する判例で示されたコモンローの要件を緩和する内容である点は、上記「1. 支配株主取引(非公開化取引以外)」と同様です。
3. 支配株主の定義
SB21による改正後の144条(e)(2)では、支配株主(controlling stockholder)を以下のとおり定義しています。
(a) 発行済株式の議決権の過半数を保有若しくは支配しているか、若しくは取締役会における議決権の過半数を有する取締役を選任する権利を有するもの、又は
(b) 議決権の3分の1以上を所有若しくは支配し、かつ、会社の事業や業務に対して経営権を行使する権限を有することにより、上記(a)と「機能的に同等」(functionally equivalent)の権限を有するもの
従来、デラウェア州の裁判所は、支配株主に該当するか否かを、議決権、契約上の権利、商業上の関係性、特定の取締役等との関係性等、様々な要素を考慮し、個別具体的な事実や状況に基づき判断してきており、例えば、議決権が3分の1を下回る株主であっても、支配株主とみなすことがありましたが、SB21による改正により、議決権が3分の1を下回る者は支配株主に該当しないことが明文化されました。
また、SB21では、支配株主の責任が①会社又は株主に対する忠実義務(duty of loyalty)の違反、②誠実ではない作為・不作為、又は意図的な不正行為や法律の故意の違反を含む作成・不作為、又は③不適切な個人的利益を得た取引に限定される旨が明記され、支配株主が責任を負う場面が明確化されました8。
4. 取締役・役員との利益相反取引(支配株主取引に該当するもの以外)
SB21による改正後のDGCL144条(a)では、取締役や役員(取締役や役員が役員や株主、パートナー等を務める企業やパートナーシップ等を含む)との間の利益相反行為・取引(支配株主取引に該当するもの以外)について、以下のいずれかの条件を満たす場合には、信任義務(Fiduciary Duty)違反に基づく損害賠償や衡平法上の救済措置の対象にならない旨を規定しています。
① 当該取締役又は役員の利害関係や当該取引に関する重要な事実が取締役会又は特別委員会の全てのメンバーに開示されているか又は認識されており、利害関係のない取締役の過半数によって、誠実かつ重大な過失なく当該利益相反取引が承認(又は承認が推奨)されている場合。但し、特別委員会の構成員に取締役会が利害関係がないと判断した取締役が2名以上含まれていることを条件とする。
② 当該取引に関する情報の開示を受け、強圧性がない状態において当該取引が利害関係のない株主の議決権の過半数をもって承認又は追認されている場合。
改正前のDGL144条(a)は、取締役又は役員との間の利益相反取引が一定の要件を満たす場合には、無効又は取り消しの対象とならない旨が規定されていましたが、仮に当該要件を充足した場合であっても、信任義務(Fiduciary Duty)違反に基づく損害賠償や衡平法上の救済措置の対象になる可能性がありました。SB21による改正により、上記①又は②の要件を満たす場合には、信任義務(Fiduciary Duty)違反に基づく損害賠償や衡平法上の救済措置の対象とならない旨が明文化されました。
5. 利害関係のない取締役
SB21による改正後のDGCL144条(e)(4)は、利害関係のない取締役(disinterested director)は、当該取引の当事者ではなく、当該取引に重大な利害関係を有さず、かつ当該取引に重大な利害関係を有する者と重大な関係を有しない取締役と定義しています9。さらに、NYSEまたはNASDAQに上場している企業の取締役は、取締役会がその取締役が当該取引所の規則に基づく企業または支配株主からの取締役の独立性を判断するための適用基準を満たしていると判断した場合、当該取引に関して利害関係がないと推定されることとなります10。この推定は、取締役が当該取引に対して重大な利害関係を有するか、又は当該取引に重大な利害関係を有する者と重大な関係を有することを示す「実質的かつ具体的な事実」(substantial and particularized facts)によってのみ、覆すことができるとされています。
SB21による改正前では、コモンロー上、当該取引に重大な財務上その他の利害を有しない場合には、利害関係のない取締役に該当すると判断されてきましたが、この判断に際して、個別具体的な事実関係に基づく分析が必要となり、経済的な利害関係のみならず、社会的、個人的かつ職業的な関係を含む様々な要素を考慮に入れる必要があるとされていました。この改正は、証券取引所の基準を踏まえた推定規定を設けることで、上場企業が特別委員会の構成を検討する際に一貫した基準を提供するものといえ、また、訴訟段階で上記の推定を覆すことをより困難にさせるものといえます。
Ⅲ. 最後に
デラウェア州知事は、SB21に署名する際に、「SB21は、株主と取締役会の間の利益のバランスを保ち、予測可能性を確保することにより、デラウェア州が法人設立のための最良の場所であることを維持するために役立つ」旨を述べています。SB21の施行により、米国における支配株主が関与する取引等の実務がどのように変化するか(例えば株主代表訴訟の動向に影響を与えるか等)、実務への影響が注目されます。
- SB21は、DGCL144条のほか、株主による閲覧請求権の対象となる帳簿や記録等の定義を明確化し、取締役や役員等の非公式なコミュニケーション(メールやテキストメッセージ等)が含まれないことを明らかにしたほか、閲覧請求を行う目的や請求の対象とする帳簿類を合理的に特定(reasonable particularity)し、請求の対象とする資料がその目的と具体的に関連することを示さなければならない等、株主閲覧請求の要件を厳格化する内容であるDGCL220条の改正を含みますが、本稿では紙面の関係上、DGCL140条の改正に焦点を当てて解説しています。
- SB21による改正により、「支配株主取引」(controlling stockholder transaction)とは、大要、(i)会社又はその子会社と、支配株主又は支配グループ(controller group)との間で行われる行為・取引、又は(ii)支配株主が他の株主が一般的に享受しない経済的その他の利益を享受する行為・取引をいうものと定義されています(DGCL144条(e)(3))。
- ①又は②のほか、当該支配株主取引が会社及び株主にとって公正(fair)である場合も信任義務(Fiduciary Duty)違反に基づく損害賠償責任や差止め等の対象にならない旨が規定されています(144条(b)(3))。
- 支配株主又は支配グループ(controller group)の利益を含みます。
- Kahn v. M&F Worldwide Corp., 88 A.3d 635 (Del. 2014)
- In re Match Grp. Inc. Derivative Litig., 315 A.3d 446 (Del. 2024)
- “going private transaction”の定義は、DGCL144条(e)(6)に規定されています。
- DGCL144条(d)(5)。
- また、当該取締役が取引の当事者ではない場合には、当該取引に重大な利害関係を有する者が当該取締役の指名・投票を行ったことをもって、当該取締役が利害関係のない取締役に該当しないことを示す証拠にはならないとされています(DGCL144条(d)(3))。
- DGCL144条(d)(2)。