Ⅰ. 改訂の経緯
「営業秘密管理指針」は、企業実務において課題となってきた営業秘密の定義等(不正競争防止法による保護を受けるための要件など)について、イノベーションの推進、勤務・労働形態の変化、海外の動向や国内外の裁判例1等を踏まえて、不正競争防止法を所管し、通商協定を所掌する経済産業省が行政の立場から一つの考え方を示すものであり、法的拘束力を持つものではありませんが、実務上大きな意義を持つ指針となっています。
営業秘密管理指針はこれまで、裁判例の蓄積や法令の改正、技術革新による情報の活用形態の多様化等を受けて逐次の改訂を経てきました。そして今般、コロナ禍を契機とするテレワーク勤務の増加、それに伴う従業員が営業秘密にオフィス外で触れる機会の増加、働き方の多様化による兼業先・副業先での営業秘密に接する機会の発生やクラウド技術・環境を前提とした情報管理体制の変容、「限定提供データ」にかかる不正競争防止法の改正等、「営業秘密」についての昨今の情勢が大きく変化していることや、従前の営業秘密管理指針では不明瞭だった点について裁判例で示されてきたことを踏まえて、令和7年3月31日に最新版が公表されました(以下「本改訂」といい、改訂前後の指針をそれぞれ「改訂前指針」、「改訂後指針」といいます。)。
以下、重要な改訂点を中心として、本改訂について解説します。
Ⅱ. 重要な改訂点
1. 営業秘密三要件のさらなる明確化
不正競争防止法は、技術情報のみならず、顧客情報その他のさまざまなビジネス上のノウハウ等のうち、同法上の「営業秘密」にあたるものを保護し、その不正取得・使用・開示行為等を差止め等の対象としています。営業秘密とは、①秘密として管理されている②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、③公然と知られていないものをいい(同法2条6項)、①は秘密管理性、②は有用性、③は非公知性の要件と呼ばれています。
(1)秘密管理性
(i) 同要件の趣旨及び本改訂の概要
秘密管理性要件の趣旨は、営業秘密は情報であるため無形であることに加え、その保有・管理の形態も様々であるため、ある情報が法による保護を受ける営業秘密であるか否かの判断は容易ではないという、営業秘密の情報としての特性を踏まえ、企業等の営業秘密保有者が、秘密管理しようとする対象を明確化し、これによって当該秘密に接した者に不正競争防止法による保護の有無について予見可能性を与え、ひいては経済活動の安定性を確保する点にあります。本改訂では、近時の裁判例や学説の動向を考慮した上で、求められる秘密管理措置の内容がより明確化されています。
(ii) 秘密管理措置の対象者
上記のとおり、秘密管理性要件は、秘密に接した者に不正競争防止法による保護の有無について予見可能性を与えることを目的とした要件ですが、近時の裁判例では、「秘密管理性は、従業員全体の認識可能性も含めて客観的観点から定めるべきものであり、従業員個々が実際にどのような認識であったか否かに影響されるものではない」と判示したものがあり2、この内容が明記されました(改訂後指針9頁)。
(iii) 必要とされる秘密管理措置の程度
改訂前指針では、秘密となる情報と一般情報(秘密ではない情報)との合理的区分を前提として、更に、対象となる情報について秘密管理措置がなされなければ秘密管理性要件を満たさないようにも解釈できる記載ぶりが採られていました。しかし、秘密情報と一般情報との分別管理は、あくまでも秘密管理措置が果たされているかの判断要素の一つに過ぎないと考えられることから、秘密管理性を肯定するために必要となる秘密管理措置としては、「主として、媒体の選択や当該媒体への表示、当該媒体に接触する者の限定、営業秘密と他の情報との分別管理、営業秘密たる情報の種類・類型のリスト化、就業規則や秘密保持契約(あるいは誓約書)などの規程等において守秘義務を明らかにする、従業員への研修・啓発」といった、「秘密管理措置の対象者たる従業員において当該情報が秘密であって、一般情報とは取扱いが異なるべきという規範意識が生じる程度の取組(管理措置)であること」がポイントとなる旨が明記され、これにより、情報の分別管理も秘密管理性を判断する上での一考慮要素であることが明確にされました(改訂後指針10頁)。
また、改訂前指針では、情報保有者にとって重要な情報であって、当然に秘密として管理しなければならない事が従業員等によって明らかであった場合に、当該事情が秘密管理措置として求められる内容に影響を及ぼすかどうかという点について言及がありませんでした。他方、裁判例では、ファイル名やヘッダーなどに「部外秘」や「STRICTLY CONFIDENTIAL」などの記載がない上にパスワードも付されておらず、外観からは秘密管理意思が見えづらい情報であったとしても、情報の重要性や、当該情報に接する従業員の認識に鑑みて、秘密管理性を肯定したもの3等があることから、「情報の性質に関して、当該営業秘密保有者にとって重要な情報であり、当然に秘密として管理しなければならないことが従業員にとって明らかな場合には、そうした従業員の認識を活用した管理が許されて然るべき」であり、「会社のパソコン等へログインするためのIDやパスワードなどにより秘密情報へのアクセスが制限されているといった程度の技術的な管理措置や、就業規則や誓約書において当該情報の漏えいを禁止しているといった規範的な管理措置で足りる場合もある」ことが明記されました(改訂後指針10頁)。
このほか、秘密情報に係る媒体に接触する者の限定に関して、従業員ごとに厳密に業務の必要性を考慮した上で限定することまでは求められるものではなく、業務上の必要性等から特定の部署で広くアクセス権限が付与されていたとしても、特定の従業員に限定されていたことに変わりはないと考えられること(改訂後指針10頁)や、情報セキュリティとの関係について、「情報セキュリティで求められる措置の程度と秘密管理措置の程度は異なってもよく、情報セキュリティで求められる措置の程度に達していなくとも、秘密管理措置が認められ得る」ことが明記されました(改訂後指針11頁)。
(iv) 対象者ごとの秘密管理措置の程度
改訂前指針では、従業員及び役員向けの秘密管理措置と、取引相手先向けの秘密管理措置が区別されていませんでしたが、近時の裁判例では、取引相手先に対する秘密管理意思について特に言及しているものがありました4。改訂後指針はこれを踏まえ、「従業員及び役員に向けたもの」と「取引相手先に向けたもの」を区別して記載する形となりました。その上で、取引相手先に向けた秘密管理措置の程度については、「従業員及び役員に向けた秘密管理措置に加えて、当該取引相手先との秘密保持契約を締結した上で秘密情報を提供したかどうかがポイントになる」ことが明記されています(改訂後指針10~13頁)。
(v) 秘密管理措置の具体例
秘密管理措置の具体例については、従前から、典型的な秘密管理措置として、①紙媒体の場合、②電子媒体の場合、③物件に営業秘密が化体している場合、④媒体が利用されない場合、⑤複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合に分けて詳細な例示がなされているほか、営業秘密を企業内外で共有する場合の秘密管理性の考え方についても記載されています。今回の改訂では、そのような区分は維持されていますが、外部クラウドの利用を想定した秘密管理措置の内容の詳細や、生成AIの利活用に関する具体例が追記されました。
外部クラウドを利用した場合における秘密管理措置については、上記の従業員の認識を活用した管理が同様に許容され得ることから、「情報の内容・性質等からいって、当該営業秘密保有者にとって重要な情報であることが明らかな場合には、外部クラウドにアクセスするためにID・パスワード等が設定されているといった程度の技術的な管理措置や、就業規則や誓約書において当該情報の漏えいを禁止しているといった規範的な管理措置で足りる場合もある」ことが追記されました(改訂後指針14頁)。
また、社内の複数箇所で同じ情報を保有しているケースに関連して、生成AIの利活用と秘密管理性の関係については、以下のように整理がなされました(改訂後指針18頁注2)。
「管理単位Cで秘密管理されている情報αを生成AIに利用していた場合であって、その後、管理単位Cで当該生成AIから当該情報αがAI生成物として生成・出力されることがあったとしても、当該情報αが管理単位Cで秘密管理されているのであれば、管理単位Cで当該情報αが生成・出力されたことの一事をもって、管理単位Cにおける秘密管理性が否定されることはないと考えられる。また、管理単位Dで当該生成AIから当該情報αがAI生成物として生成・出力されることがあったとしても、当該情報αが管理単位Cで秘密管理されているのであれば、管理単位Dで当該情報αが生成・出力されたことの一事をもって、管理単位Cにおける秘密管理性が否定されることはないと考えられる。」
上記のように、ある部門(管理単位C)で秘密管理されている情報について、当該情報を学習用データとして用いた学習済みモデルを使用した別の部門(管理単位D)で当該情報が出力されたとしても、当該情報が本来の部門(管理単位C)で秘密管理されているのであれば、直ちに秘密管理性が否定されることにはならないことが明記されました。なお、この整理に基づけば、管理単位Cで秘密管理されていた情報の重要性が管理部門Dにおいても認められ、就業規則等による規範的な管理措置がなされていれば、管理単位Cにおける秘密管理性だけではなく、管理単位Dの従業員との関係においても、秘密管理性が否定されることはないと考えられます5。
(2)有用性
「生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(不正競争防止法第2条第6項)という有用性の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することにその趣旨があります。
実務上は、情報が客観的に有用であるか6、又は、現在もしくは将来の経済活動に役立てることができるかという観点から有用性の有無が判断されており7、多くの裁判例が、情報の内容を具体的に分析するのではなく、情報の概括的な内容から有用性を肯定しているとされています8。改正前指針も、「秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、また、現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではない」と記載し、有用性の要件を幅広く認めてきました。
近時の裁判例でも、当該情報が営業秘密保有者の事業活動に使用・利用されていれば、当該情報が公序良俗に反するなど保護の相当性を欠くような場合でない限り、有用性の要件は充足されるとするものがあります9。
そこで本改訂では、有用性要件についてより詳細に規定することとし、「当該情報が、営業秘密を保有する事業者の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が公序良俗に反するなど保護の相当性を欠くような場合でない限り有用性の要件は充足されるものと考えられる」と追記されました(改訂後指針20頁)。
また、「有用性の要件の判断に際しては、当該情報を不正に取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない」との記載を追加することで、他人の営業秘密を不正に取得した者がそれを有効に活用できない場合であっても、そのような情報の有用性は否定されない旨を明らかにしています(改訂後指針20頁)。これも近時の裁判例10を踏まえた改訂です。
(3)非公知性
不正競争防止法において営業秘密該当性の要件に非公知性(公然と知られていないもの)が設けられた趣旨は、①情報の自由な利用(公然と知られている情報について一定の権利行使を認めることは情報の自由な流通や情報取引の安定性を著しく損なうこと11)及び②競争上の優位性の確保(秘密に管理している情報が競合他社にも知られている情報であれば、保護すべき価値がないこと)にあるとされています12。
「公然と知られていない」状態とは、営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態をいい、具体的には当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等の状態をいいます13。
本改訂では、①ダークウェブに流出した情報、②AI学習用データを想定した公知情報の組み合わせ、③特許法における「進歩性」(特許法29条2項)との関係、④リバースエンジニアリング等について、近時の状況を踏まえた追記がなされています。
(i) ダークウェブに流出した情報
「ダークウェブ」とは「一般的な方法ではアクセスできず、また検索エンジンで見つけることも不可能なWebサイトの総称」です14。ダークウェブに情報(営業秘密)が流出したとしても、上記の非公知性要件の定義に照らせば、一般的な方法では当該情報にアクセスできず、競業他社も合理的な努力の範囲内ではアクセスができず、情報保有者の競争上の優位性が直ちには失われない15ことから、当該情報は直ちには非公知性を失わないと考えられます。
そこで、改訂後指針では、ダークウェブについて「第三者からのハッキング等により営業秘密が、ダークウェブに公表されたとしても、その一時をもって直ちに非公知性が喪失するわけではない」と追記されました(改訂後指針22頁)。
(ii) AI学習用データを想定した公知情報の組み合わせ
そもそも「営業秘密」は、単体の知見のみから構成されていることは少なく、様々な知見の組み合わせにより一つの情報として構成されていることが通常です。そのため、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載され、既に公知となっていた場合、その「断片」を集めると、営業秘密たる情報に近い情報が再構成されることも想定されます。
改訂前指針では、このような公知情報の組み合わせに関しては、「複数の情報の総体としての情報については、組み合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコストを考慮し、保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる」との一般論を記載するに止まり、取得に要する時間や資金等のコストがかかったとしても、組み合わせが容易といえる場合に非公知性が肯定されるか等、「組み合わせの容易性」と「取得に要する時間や資金コスト」との関係性が不明瞭でした。また、今後は公知情報を組み合わせて作成したAI技術の開発(学習)用データ等の情報が増加することが見込まれるところ、改訂前指針は、そのような情報でも非公知性が肯定されるのかも示していませんでした。
ある情報を構成する個別の知見・情報が既に公知となっていたとしても、各知見・情報を「どのように組み合わせるか」自体に価値がある場合は、競合他社に対する競争上の優位性は失われておらず、公知情報を組み合わせた当該情報は、未だ営業秘密として保護する必要性があるといえます。すなわち、公知情報の組み合わせが容易であったとしても、情報の組み合わせに時間・資金コストがかかるのであれば、組み合わせられた情報は競合他社にとっては競争上、依然として財産的価値のある情報といえます16。
改訂後指針では、このことを明記した上で、公知情報の組み合わせであったとしても、その財産的価値が失われていない場合には、非公知要件を満たし得る旨が明記されました(改訂後指針23頁)。
(iii) 特許法における「進歩性」(特許法29条2項)要件との関係
特許法においては、特許を受ける発明には「進歩性」(発明が先行技術に基づいてその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に発明をすることができたものではないこと17)が必要とされています(特許法29条2項)。この進歩性の判断においては、引用発明(公知の技術や文献に記載された発明)と比較して、出願時の技術水準に鑑みて当業者が予測可能な範囲を超えた顕著な効果が認められるような事情が、進歩性が肯定される方向に働く有利な事情になると考えられています18。
従前、「営業秘密における『非公知性』」要件と「特許法における『進歩性』」要件との関係については、十分な議論は行われてきませんでした19。
しかし、刑事事件において、「組み合わされた情報を構成する個々の情報に『非公知性』がない場合は、個々の情報が組み合わされることにより『予想外の特別に優れた作用効果』があるかを『非公知性』の判断基準とすべきである」との弁護人の主張がなされたのに対し、「不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨は、進歩性のある特別な情報を保護することにあるのではないから、当該情報が非公知の情報といえるための要件として『予想外の特別に優れた作用効果』を生じさせるものであることまでは要しない」とした裁判例20を踏まえて、改訂後指針では、「不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨は、進歩性のある特別な情報を保護することにあるのではないから、当該情報が非公知の情報といえるための要件として『予想外の特別に優れた作用効果』を生じさせるものであることまでは要しない」と追記されました(改訂後指針23頁)。
(iv) リバースエンジニアリング
リバースエンジニアリングとは、「製品を解析、評価することによって、その構造・材質・成分・製法等その他製品に化体している情報を抽出したり、抽出した情報を使用する行為」をいいます21。
リバースエンジニアリングによって情報を抽出した場合に非公知性が失われるかについて、改訂前指針は肯定例、否定例となる裁判例を挙げるのみであり、判断のポイントが不明確でした。
改訂後指針では、改訂前指針において挙げられていた裁判例22の判断も踏まえ、「リバースエンジニアリングによって営業秘密を抽出できる場合、抽出可能性の難易度の差によって判断がわかれることになる。具体的には、誰でもごく簡単に製品を解析することによって営業秘密を取得できるような場合には、当該製品を市販したことによって営業秘密自体を公開したに等しいと考えられることから、非公知性を喪失すると考えられる。これに対し、特殊な技術をもって相当な期間が必要であり、誰でも容易に当該営業秘密を知ることができない場合には、当該製品を市販したことをもって非公知性を喪失するとはならない。」との記載が追加され、明確化が図られました(改訂後指針23頁)。
2. 営業秘密と民事上の措置・刑事罰との関係の明確化
不正競争防止法上、営業秘密侵害行為に対しては、民事上の措置に加え刑事罰も定められているところ、「営業秘密」の定義が共通するかどうか、改正前指針では明確にされていませんでした。この点、裁判例では、刑事上の措置においても、営業秘密該当性の要件は、民事上の要件と同一と解される旨を説く裁判例も現れていました23。
改正後指針は、秘密管理性等の三要件の解釈について、民事上の要件と刑事上の要件とは同じものと考えられるとして、「営業秘密」の定義の解釈が民事・刑事で共通する事を明確にしました(改訂後指針5頁)。
3. 営業秘密以外の情報の保護について、限定提供データを含めて整理
近時、データがビジネスにおける競争力の源泉となっていることは周知の事実です。また、気象データや消費動向データなどは、複数の事業者により共有・利活用されることによって、より高い付加価値を生み出すものであることから、こうしたデータは「商品」として取引対象となっています。そのような社会実態を踏まえ、平成30年の不正競争防止法の改正において、「限定提供データ」に関する一定の行為が新たな不正競争行為として加えられ、経済産業省からは「限定提供データに関する指針」が公表されています。
「限定提供データ」とは、不正競争防止法2条7項において「業として特定の者に提供する情報として電磁的方法…により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)」として定義されており、ビッグデータ等を念頭に、商品として広く提供されるデータや、コンソーシアム内で共有されるデータなど、事業者が取引等を通じて特定の者に提供する情報が想定されています24。
限定提供データについては、その定義内容からも明らかなように、営業秘密がその対象から除外されているところ、本改訂では、限定提供データを含めた営業秘密以外の情報に関する整理が行われ、以下の追記が行われました(改訂後指針5頁)。
- 「営業秘密に該当しない情報については、営業秘密としては法による保護を受けることはできないものの、同じ不正競争防止法に基づく限定提供データ(法第2条第7項)による保護やその他の法令による法的保護を受ける可能性もある。」
- 「例えば、当該情報が営業秘密に該当しない場合であって限定提供データに該当するときは、限定提供データに基づく差止め等を請求することが可能な場合もある。」
- 「また、当該情報の取扱いについて私人間の契約において別途の規律を設けた場合には、当該契約に基づく差止め等の措置を請求することが可能な場合もあるが、その際、法における営業秘密に該当するか否かは基本的には関係がないと考えられることに留意する必要がある。」
4. 本指針の対象となる「事業者」の範囲を明確化(大学・研究機関など)
改定前指針は、「企業」や「従業員」など民間企業を念頭に置いた記載ぶりであり、その対象に大学・研究機関も含まれるかは不明確でした。
大学・研究機関における貴重な研究成果は、民間企業におけるものと同様に秘密として管理することで価値を有することもあることや、不正競争防止法上の「事業者」に大学が対象に含まれることを前提とした裁判例が存在していること25を踏まえ、本改訂では、本指針の対象者に大学・研究機関が含まれることが明記されました(改訂後指針6頁)。
Ⅲ. 実務への影響
本指針は、経済産業省が示した一つの考え方であり、法的拘束力を有するものではないものの、裁判例や学説等を踏まえて作成されている以上、実務的に一定の意義を有すると考えられます。そのため、今後の営業秘密の管理に当たっては、本指針に従った管理を行うことが望ましいものと考えられます。
- 経済産業省「営業秘密管理指針(最終改訂:令和7年3月31日)」1頁によれば、改訂時点において最高裁判所の判例は存在しません。
- 知財高判令和3年6月24日(令和2年(ネ)10066号)
- 東京地判令和4年12月9日(令和3年(特わ)129号)
- 東京地判平成29年2月9日(平成26年(ワ)1397号、平成27年(ワ)34879号)など
- 黒川直毅ほか「「営業秘密管理指針」改訂概要の解説」NBL1290号8~9頁。ただし、同一企業内にとどまらず、当該情報が当該企業外の第三者(例えば、生成AI提供事業者等)に提供される場合には、秘密管理性が否定される可能性があることにご留意ください(改訂後指針18頁脚注24)。
- 高部眞規子『実務詳説 不正競争訴訟〔第2版〕』(金融財政事情研究会、2025)228頁
- 鈴木千帆「営業秘密侵害行為」高部眞規子編著『最新裁判実務体系〔第11巻〕知的財産権訴訟Ⅱ』(青林書院、2018)846頁、小倉秀夫ほか編著『新版 不正競争防止法コンメンタール』(第一法規、2025)439頁〔山口三恵子・阿久津匡美執筆部分〕
- 平澤卓人「判批」茶園成樹ほか編「商標・意匠・不正競争判例百選第2版」(有斐閣、2020)213頁
- 東京地判令和4年12月9日(令和3年(特わ)129号)、東京地判令和6年2月26日(令和4年(特わ)2148号)
- 前掲注9)
- 産業構造審議会財産的情報部会「財産的情報に関する不正競争行為についての救済制度のあり方について」通商産業省知的財産政策室『営業秘密-逐条解説不正競争防止法』(有斐閣、1990)176~177頁
- 田村善之『不正競争法概説 第2版』(有斐閣、2003)332頁
- 経済産業省・前掲注1)22頁
- 経済産業省・前掲注1)22頁
- 山根崇邦「不正競争防止法における営業秘密の保護要件―趣旨および問題となる累計の検討―」同志社法学76巻6号34頁
- 田村・前掲注12)333頁
- 特許庁「特許・実用新案審査基準」第Ⅲ部第2章第2節1.
- 特許庁「特許・実用新案審査基準」第Ⅲ部第2章第2節3.2.1.。裁判例として、最判令和元年8⽉27⽇(平成30年(行ヒ)69号)
- 黒川ほか・前掲注5)10頁
- 東京高判令和4年2月17日(令和3年(う)1407号)
- 経済産業省・前掲注1)23頁
- 肯定例として、大阪地判平成15年2月27日(平成13年(ワ)10308号)、否定例として、大阪地判平成28年7月21日(平成26年(ワ)11151号、平成25年(ワ)13167号)
- 名古屋高判令和4年3月18日(平成29年(わ)427号)
- 経済産業省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法(令和6年4月1日施行版)」51頁
- 東京地判平成13年7月19日(平成13年(ワ)967号)