Ⅰ. はじめに
米中貿易摩擦が激化し、米国等による中国企業等への経済制裁が拡大する中、中国も、これらの措置に対抗するため、2020年頃以降、信頼懸念エンティティリスト規定(2020年)1、外国法律及び措置の不当域外適用を阻止する規則(以下「ブロッキング規則」、2021年)2、反外国制裁法(2021年)3及びその実施条例(2025年)4等の反外国制裁法制を整備してきました。直近でも、中国政府は、「反外国不当域外管轄条例」(2026年4月)5及び「産業チェーン・サプライチェーン安全規定」(2026年3月)6を公布・施行し、外国による制裁措置等への対抗手段をさらに拡充しています。
こうした法整備と並行して、個別の反外国制裁法制に基づく対抗措置の発動が増加していることも注目されます。2024年頃以降、反外国制裁法及び信頼懸念エンティティリスト規定に基づく対抗措置の発動例が増加傾向にあるほか、2026年5月には、既存のブロッキング規則に基づく初の禁止命令と、反外国不当域外管轄条例に基づく初の禁止命令が相次いで発出されました。また、中国企業が反外国制裁法に基づき外国企業等に対して損害賠償等を求める訴訟を提起した事例も新たに確認されています。
このように、中国の反外国制裁法制は立法面・執行面の双方で大きく進展し、外国政府による中国企業等への制裁措置と、中国政府による対抗措置が正面から衝突する場面が増えています。日本企業にとって、いわゆる「板挟み」による法的リスクは単なる理論上の懸念にとどまらず、目の前の現実となっているといえます。
本ニュースレターでは、最新の立法である反外国不当域外管轄条例及び産業チェーン・サプライチェーン安全規定を概説した上で(下記Ⅱ.)、ブロッキング規則、反外国不当域外管轄条例及び反外国制裁法に基づく直近の執行・提訴事例を紹介し(下記Ⅲ.)、日本企業がどのように対応すべきかを検討します(下記Ⅳ.)。
Ⅱ. 最新の立法動向
1. 反外国不当域外管轄条例
中国国務院は、2026年4月7日に、反外国不当域外管轄条例を公布、施行しました。
本条例は、国家安全法、対外関係法、反外国制裁法等を根拠とし、外国による不当な域外管轄措置に対する対抗措置及び関連事項を規定しています。具体的には、外国国家が国際法及び国際関係の基本準則に違反し、不当な域外管轄措置を実施し、中国の国家主権、安全、発展利益を侵害し、中国公民、組織の合法的権益を損なった場合、中国政府は対抗措置を講じる権利を有すると規定しています(3条)。
(1) 外国不当域外管轄措置の識別・認定
外国による措置が不当な域外管轄措置に該当するかは、国務院法治部門(司法部)が他の機関と共同して、調査、外交交渉等を行い、識別・認定することができるとされます(6条1項)。
こうした識別・認定に当たっては、①国際法及び国際関係基本準則に違反するか、②外国国家による域外管轄の対象行為と当該外国との関連性が適切か、③中国の国家主権、安全、発展利益、中国公民、組織の権益に対する影響の有無、程度等の要素を考慮するとされています(6条2項)。関連措置が不当域外管轄措置を構成すると認定した場合、司法部はこれを公告することができます(6条3項)。
なお、不当域外管轄への対応業務については「業務機構」(原文:工作机制)を設立し、当該機構が統括、調整を行うとされます(5条)。
(2) 悪意エンティティリスト
本条例では、新たに「悪意エンティティリスト」が導入されました。国務院の関連部門は、外国不当域外管轄措置の実施を推進し、又は実施に関与した外国組織、個人を当該リストに追加し、追加されたエンティティに対して、反外国制裁法、反外国制裁法実施規定等に基づき、1つ又は複数の対抗措置を講じることができるとされます。対抗措置には、①査証不発給、出入国の禁止、国外追放、②中国国内における就業、滞在、居留資格の取消又は制限、③資産凍結、④中国国内の組織、個人によるデータ、個人情報の提供、取引、提携活動の禁止又は制限、⑤輸出入の禁止又は制限、⑥中国国内における投資の禁止又は制限、⑦掲載対象者の製品、交通運輸手段の入国の禁止又は制限、⑧過料、⑨その他の必要な措置が含まれます。これらの対抗措置は、悪意エンティティリストに掲載された組織、個人のみならず、かかる組織、個人が実質的に支配し、又は設立、運営に関与する組織にも適用され得る点に留意する必要があります(8条)。
組織、個人が悪意エンティティリストに掲載された組織、個人との間で例外的に取引等、禁止、制限された行為を行う必要がある場合は、国務院関連部門に申請し、同意を得ることを要します(11条)。
また、本条例では、悪意エンティティリストに掲載された組織、個人は、対抗措置の停止、変更、取消を申請することができると規定されています(9条1項)。
(3) 外国不当域外管轄措置の実行禁止命令及び適用免除
本条例は、「いかなる組織及び個人」も外国不当域外管轄措置の実行又は実行に協力してはならないと規定しています(6条3項)。また、不当域外管轄措置を実行し、又は実行に協力した組織、個人に対して、国務院関連部門は、面談、是正命令、外国不当域外管轄措置の実行禁止命令(原文:禁执令)を下すことができ、かかる組織、個人は当該実行禁止命令を遵守しなければならないとされます(13条)。外国不当域外管轄措置の実行又は実行協力の禁止の対象は中国公民、組織に限定されておらず、外国の企業や個人もその義務を負うと解釈される可能性があることに注意が必要です。
一方、中国公民、組織が外国不当域外管轄措置を実行し、又は実行に協力する必要がある特殊な場合においては、当局に対し適用免除を申請することができ、業務機構の同意を得た場合、例外的に、特定範囲内において、関連措置の実行又は実行に協力することができるとされます(6条4項)。免除申請の主体は、文言上、中国の公民ないし組織とされ、外国企業等は含まれない書きぶりとなっています。
(4) 外国不当域外管轄措置を実行した者等に対する損害賠償請求等
外国又は中国の組織、個人が外国不当域外管轄措置を実行又は実行に協力し、中国公民、組織の合法的な権益を侵害した場合、当該中国の公民又は組織は、外国不当域外管轄措置を実行等した組織、個人を被告として、人民法院に訴訟を提起し、侵害差止めや損害賠償を求めることができるとされます(14条)。
(5) 対抗措置の不実施等に対するサンクション
本条例に定める対抗措置の実行を拒否、回避し、又は実行禁止命令に違反した者について、国務院関連部門は、是正命令のほか、政府調達への参加、入札の実施・参加、貨物・技術の輸出入又は国際貿易活動、中国国外とのデータ・個人情報の授受、出入国、中国国内での滞在・居留を制限もしくは禁止し、又は過料に処することができるとされます(17条)。国籍要件は特に設けられておらず、文言上、外国の組織、個人も処罰対象となり得る形となっています。
(6) ブロッキング規則との関係
本条例と、2021年に導入されたブロッキング規則は、いずれも外国の不当な域外管轄措置に対抗するための法令という点で共通します。もっとも、法令の位置づけや適用範囲には一定の違いがあります。
まず、本条例は、中国の最高国家行政機関である国務院が制定した行政法規ですが、ブロッキング規則は、国務院の一部門である商務部が制定したものです。この点で、本条例はブロッキング規則よりも上位に位置づけられます。
また、適用範囲を見ると、ブロッキング規則2条は、外国法令・措置の域外適用が国際法及び国際関係の基本準則に違反し、中国の公民、法人又はその他の組織と第三国(地域)及びその公民、法人又はその他の組織との正常な経済・貿易及び関連活動を不当に禁止又は制限する場合を、同規則の適用対象としています。これに対し、反外国不当域外管轄条例3条は、外国国家が不当な域外管轄措置を実施し、中国の国家主権、安全、発展利益又は中国公民・組織の合法的権益を害する場合に、同条例を適用するとしています。このように、本条例は、中国企業等との取引の禁止又は制限を伴わない域外管轄措置にも適用される点で、ブロッキング規則より適用範囲が広いといえます。
なお、本条例19条2項は、外国国家が中国公民・組織と第三国等との正常な経済・貿易活動を不当に禁止又は制限する場合について、別の法令に定めがあるときはその定めに従うと規定しています。そのため、この類型ではブロッキング規則が優先的に適用される場面もあると解釈する余地があります。実際、下記Ⅲ.1.で説明するブロッキング規則に基づく禁止命令は、反外国不当域外管轄条例の施行後に発出されたものですが、根拠法令として本条例は掲げられていません。この背景として、米国によるSDNリスト掲載等により第三国企業が中国企業との取引を禁止又は制限される場面は、ブロッキング規則2条が想定する典型的な場面であるため、同規則に基づく対応が選択され、本条例に基づく実行禁止命令は見送られたのではと推測されます。
一方、下記Ⅲ.2.で紹介するEUの外国補助金規則(FSR)に基づく中国企業への越境調査に対する禁止命令では、根拠法令として反外国不当域外管轄条例が選択されています。この背景として、EUの措置は中国企業と第三国企業等との取引を直接禁止又は制限するものではないため、ブロッキング規則の適用が難しかったことが考えられます。
2. 産業チェーン・サプライチェーンの安全に関する規定
中国国務院は、2026年3月31日に、「産業チェーン・サプライチェーンの安全に関する規定」を公布、施行しました。
本規定は、中国が外国の輸出入規制を含むデカップリングの動きや、世界情勢の変動を背景に、産業チェーン・サプライチェーンの安全保障及び強靭化を図るために制定した行政法規です。経済安全保障の強化に関する法令であると同時に、産業チェーン・サプライチェーンの安全を保護するための対抗措置を規定している点で、反制裁外国法制という性格も合わせ持っています。
(1) 重要分野リストの制定
本規定では、中国政府は、産業チェーン・サプライチェーンの安全業務に関する体制を整備し、産業チェーン・サプライチェーンの合理的かつ秩序ある配置を誘導し、デジタル化及びスマート化を推進するとされます(4条1項)。また、国務院の関連部門は、重要分野リストを制定し、さまざまな施策を通じて、これら重要分野における原材料、技術、設備及び製品の生産並びに流通の安定かつ持続的な運営を維持するとしています(7条~12条)。
現時点では、重要分野リストは公表されていませんが、半導体、工業機械、医療機器、計測機器、基盤ソフトウェア、産業用ソフトウェア、先端材料等の分野が重要分野として重要視されていると考えられます7。今後、重要分野リストに掲載される産業に関しては、国による産業チェーン・サプライチェーンの統括・管理が全面的に強化されることが予想され、今後の重要分野の指定状況が注目されます。
(2) 違法な調査、情報収集活動の禁止
本規定では、いかなる組織又は個人も、中国国内において、違法に産業チェーン・サプライチェーンに関連する調査その他の情報収集活動を行った場合には、関係部門が法に基づき相応の処理措置を講ずることが定められています(13条)。本条は、現行法に違反する形での調査その他の情報収集活動を禁じたもので、基本的には原則規定にとどまると解されますが、ただし、「違法な調査その他の情報収集活動」の具体的な範囲が必ずしも明確ではないこともあり、企業によるサプライチェーンに関する調査、評価活動を事実上抑制する方向に作用する可能性も否定はできないものと考えられます。日本企業(ないしその中国現地法人等)としても、従前以上に、調査対象、取得する情報の内容・範囲、越境移転の有無及び関連法令との整合性を十分に検討した上で調査を実施する必要があります。
また、今後、特に重要分野において、産業チェーン・サプライチェーンの安全に関する統括・管理が強化され、これらの分野におけるデータ安全規制がさらに強化される可能性も否定できません。実務的には、例えば、日系企業の日本本社が、中国子会社のサプライヤーに対する調査、監査や、中国国内における調達、保管、物流等サプライチェーンに関するデータ等を本社に対して提供する行為等が、本条(ないしは既存のその他の法令の規定)により規制されることになるのかについての今後の動向に注視する必要があります。
(3) 産業チェーン・サプライチェーン安全調査及び対抗措置
本規定では、外国国家による差別的な措置、又は外国の組織もしくは個人が、正常な市場取引の原則に違反し、中国の公民及び組織との正常な取引を中断し、差別的措置等を講じた場合等において、政府当局は「産業チェーン・サプライチェーン安全調査」を実施することができ、また、当該安全調査の結果に基づき、それぞれの対抗措置を講じることができる旨が規定されています(14条、15条)。中国国内の組織及び個人は、本規定に基づき実施された対抗措置を履行する義務を負うと規定されており、履行しない場合には行政処罰を受ける可能性があります(16条)。
本規定に基づく対応措置は、新たに創設された対抗措置ではなく、反外国制裁法及びその実施規定を、産業チェーン・サプライチェーンの安全保障のためのツールとして利用するものと位置づけられます。このように、反外国制裁法が、外国の制裁措置への対抗手段として単体で運用されるだけではなく、産業チェーン・サプライチェーンの安全という、経済安全保障のより具体的な場面で活用されていることが注目されます。
Ⅲ. 直近の執行・提訴事例
1. ブロッキング規則に基づく初の禁止命令
中国商務部は、2026年5月2日、米国による中国企業5社に対するイラン石油関連制裁措置について、ブロッキング規則に基づく禁止命令(商務部公告2026年21号)を発出しました8。これは、ブロッキング規則が2021年1月に施行されて以降、同規則に基づく初の禁止命令として、実務上重要な意義を有します。
本禁止命令の対象となった米国の措置は、中国の民間の石油精錬会社5社がイランとの石油関連取引に関与したとして、2025年3月から2026年4月にかけて、これらのエンティティを特別指定国民(SDN)リストに掲載し、資産凍結・取引禁止等の制裁措置を課したというものです。これに対し、中国商務部は、反外国制裁法及びブロッキング規則等に基づき、上記制裁措置が不当な域外適用に該当すると認定した上で、当該措置を承認し、実行し、又は遵守してはならない旨を命じました。本禁止命令は、米国の具体的な制裁措置(特定の中国企業との取引禁止等)に対し、中国法上その実行等を禁止することを内容とし、米中の法令が直接衝突する形となりました。
なお、ブロッキング規則に基づく禁止命令に違反した場合の法的効果として、中国の法人、個人及びその他の組織が禁止命令を遵守しない場合には、行政処罰の対象となります(同規則13条)。一方、外国籍の企業や個人については、条文の文言上は行政処罰の適用対象外と考えられますが、中国の子会社や中国籍の役職員が違反行為に関与する場合には、これらの法人又は個人が処罰されるリスクがあります。また、禁止命令の対象となる外国法令・措置を遵守した結果、中国公民、法人又はその他の組織に損害を与えた場合には、外国の法人等であっても、人民法院において損害賠償請求を提起される可能性があります(9条)。
このような中、日本企業にとっては、米国法に基づく制裁措置と中国法に基づく禁止命令のいずれに違反しても、米国又は中国による制裁・処分を受けるリスクが生じ得る点で、いわゆる「板挟み」状況が現実の問題として顕在化したといえます。
2. 反外国不当域外管轄条例の初の適用例
ブロッキング規則に基づく上記の禁止命令が出された直後の2026年5月15日、司法部は、反外国不当域外管轄条例の初の適用例を公告しました9。同公告によれば、司法部は、反外国不当域外管轄条例に基づき、商務部等の関係部門と共同で調査を行った結果、EUが、「外国補助金規則」(以下「FSR」)に基づき、中国の大手保安検査機器メーカーN社に対して行った調査において、同社が中国のサーバーに置いているデータの提出や、中国の銀行に対するデータの提出を要求する等の越境調査措置を行ったことが不当域外管轄措置を構成すると判断し、いかなる組織及び個人も、当該措置を実行し、又は実行協力をしてはならないという禁止命令を発出しました。
本禁止命令の射程については、EU当局による調査行為のほか、民間企業がFSRに基づく事前届出等の手続においてEU当局にN社に関する情報を提供する行為までが、EUによる越境調査措置の実行協力と評価されるのか等、現時点では必ずしも明確ではない点もあります。
3. 反外国制裁法に基づく提訴事例
反外国制裁法12条は、「いかなる組織及び個人」も、外国国家が中国の公民・組織に対して講じた差別的制限措置を実行し、又はその実行に協力してはならないと規定し、そうした行為により中国の公民・組織の合法的権益を侵害した場合、中国の公民・組織は、人民法院に対し損害賠償や差止め等を求める訴訟を提起できることを規定しています。同条に基づく提訴の公表事例としては、これまで、2024年に公表された中国の海洋工事会社がEU企業を提訴した事件に限られていましたが10、直近において、以下の2件が新たに公表されています。
(1) 中国企業による米国系銀行2社に対する損害賠償請求
中国の総合エネルギー企業であるH社が2026年2月27日及び同年3月6日に開示した重大訴訟公告11によれば、同社は米国大手銀行2社(C銀行及びJ銀行)に対して、米国による差別的措置の実施協力をし、H社に損害を生じさせたとして、中国の人民法院において、損害賠償請求訴訟を提起しました。
H社は、2023年6月に香港に所在する中国系石油会社P社と石油売買契約を締結し、同年7月、米国系銀行社を経由して、P社に対し売買代金の送金を実施しました。しかし、P社側は当該資金を受領していなかったところ、2024年2月2日に、米国財務省外国資産管理局(OFAC)はH社をSDNリストに掲載し、資産凍結及び取引禁止等の対象としました。その後、2024年5月31日、米国銀行2社は、それぞれH社に対し、OFACの指示に基づき関連資金をOFAC管理下に移転し(C銀行)、又は凍結した旨(J銀行)のSWIFT通知を送付しました。これを受け、H社は、両銀行がOFACの差別的な措置の実施を協力したとして、上海金融法院においてC銀行に対し2,700万米ドル、北京金融法院においてJ銀行に対し約1,300万米ドルの損害賠償を求める訴訟を提起しました。両訴訟は、それぞれ、2026年2月27日、3月5日に裁判所により立件されており、現在も係争中です。
本件は、いわゆる「板挟み」の典型例といえます。H社による開示情報によれば、H社は、OFACに対して資金凍結の解除について申請をしましたが、回答を得られなかったとされています。今後仮に人民法院により支払命令がなされた場合において、米国銀行側がOFACに対して、資金の凍結解除についての許可申請を行うことも想定され、その場合に申請が認められるかも注目されます。
(2) 中国企業によるオランダ企業3社及び高級管理者に対する損害賠償請求
中国電子機器大手のW社が2026年5月23日に公表した重大訴訟公告12によれば、W社は、オランダの半導体製造企業であるN社傘下の3つの会社及びその高級管理職2人に対して、反外国制裁法に基づく損害賠償請求訴訟を提起しました。
W社は、N社グループの持分を100%保有していましたが、2025年9月、オランダ経済事務・気候政策省は、W社の中国本社への技術移転への懸念等を理由に、Nグループの全世界30法人の経営権を事実上凍結する大臣令(Order)を発出しました。また、オランダの企業裁判所(Enterprise Chamber)は、中国籍CEOのN社役員としての職務を停止し、外国籍の第三者を独立役員として任命し、Nグループの1社のほぼ100%の持分を第三者の委託管理下に置く裁決を出しました。その後、オランダ政府による大臣令の効力は一時的に停止されたものの、企業裁判所の裁決は依然効力を有しており、W社によるN社への経営権が制限された状態が継続しています。
このような中、2026年5月22日に、W社及びその子会社は、反外国制裁法に基づき、N社傘下の3社及びその高級管理者の個人2人が差別的措置を実行、実行協力をしたとして、広東省東莞市中級人民法院に提訴し、侵害行為の差止及び80億人民元(暫定)の損害賠償を請求しました。このほかにも、W社は、オランダ政府に対して投資紛争通知(Notice of Dispute)を発出しており、また、中国政府も、オランダ政府との間で外交ルートを通じて交渉を重ねるとともに、対抗措置として、N社による中国拠点からの半導体製品の輸出規制措置等を発動しています。
本件は、通常の板挟みの事案とはやや異なる特殊な事例ではありますが、中国企業が反外国制裁法に基づく損害賠償請求訴訟を積極的に活用し始めていることを示す点で、やはり注目されます。
Ⅳ. 日本企業の対応
以上のとおり、中国当局は、制裁対抗の法令の制定・執行を活発化させており、また、中国の民間企業も、反外国制裁法に基づく外国企業に対する損害賠償請求等を積極的に活用し始めています。こうした中、日本企業にとって、ビジネスの現場で、米国等の制裁措置を遵守するか、中国により発出された禁止命令を遵守するかという「板挟み」に直面することがより日常化しつつあるといえます。さらに、近時、日中関係が冷え込み、中国が日本に対する輸出規制を相次いで強化する等、日本を直接的なターゲットとする措置も加わっており、日本企業を取り巻く環境はより複雑になっています。
米国等の制裁措置と中国側の対抗措置が衝突した場合の対応としては、まずはそれぞれの措置の根拠法令を特定し、規制の具体的内容や適用範囲(執行管轄の及ぶ範囲)を精査することが出発点となります。例えば、米国の制裁措置(一次制裁)は、通常、米国と何らかの地理的・人的なつながり(nexus)がある取引・行為13に適用されるため、このようなつながりがない取引・行為については、原則として直接的な米国法違反は生じません14。他方、中国側の禁止命令等についても、ブロッキング規則のように、違反した場合の処罰対象が中国の公民、組織に限定されている場合があり(上記Ⅲ.1.参照)、このような場合には、日本企業に直接中国当局の執行が及ぶリスクは限定的とも考えられます(ただし、米国制裁等を理由に中国企業と取引を打ち切った場合、別途、相手方から損害賠償請求等を受けるリスクは残ります)。このように、一見米中の規制が衝突しそうな場面でも、具体的な状況次第では、必ずしも自社に両方の法令が直接適用されるわけではない、という整理が可能なこともあります。
もっとも、上記のような検討によっても、米中両方の規制の正面衝突が避けられない場面もあります。このようなケースでは、どちらか一方の遵守を優先すれば必然的に他方への違反リスクが生じることになります。このため、企業の対応に一律の「正解」があるわけではありません。実際の対応としては、米国・中国それぞれの適用法令の具体的内容と執行リスク、各企業が属する産業分野、具体的なビジネスの内容、米国・中国とのビジネス上の関係の深さ、その時々の国際情勢等を考慮して、ケースバイケースで判断することになります。
これらを十分に理解した上で、自社に起こり得る状況を想定し、対応の手順をある程度事前に策定した上で、実際に「板挟み」の状況となったときに、個別事案の状況に基づき、必要に応じて各法域の専門家の意見も取り入れつつ対応していくことになります。その際、「リスクがない」方法を探すのは難しい可能性が高く、いかにして「リスクを最小化にするか」という観点を念頭に対応していく必要があるといえます。
- (原文)不可靠实体清单、商務部2020年9月19日公布、同日施行
- (原文)阻断外国法律与措施不当域外适用办法、商務部、2021年1月9日公布、同日施行
- (原文)反外国制裁法、全国人民代表大会常務委員会2021年6月10日公布、同日施行
- (原文)实施《中华人民共和国反外国制裁法》的规定、国務院2025年3月23日公布、同日施行
- (原文)反外国不当域外管辖条例、国務院2026年4月7日公布、同日施行
- (原文)国务院关于产业链供应链安全的规定、国務院2026年3月31日公布、同日施行
- 2024年7月18日に公布された「中国共産党中央委員会による、改革の全面的深化をさらに推進し、中国式現代化を推し進めることに関する決定」の三節では、産業チェーン・サプライチェーンの強靱性及び安全保障レベルを向上させる制度体系を整備するために、上記各産業分野の発展強化が言及されています。
- https://www.mofcom.gov.cn/zcfb/blgg/art/2026/art_78dd015b3fb94aa0b25d5ac98994aa4f.html
- https://www.moj.gov.cn/pub/sfbgw/zwxxgk/fdzdgknr/fdzdgknrtzwj/202605/t20260515_535049.html
- 南京海事法院(2024)蘇72民初2157号民事調停書(2024年11月19日)。中国企業A社(海洋工事会社)は、2023年にEU企業S社と船舶建造契約を締結し、S社の所有する船舶(浮体式生産貯油船(FPSO))の一部の建造工事を請け負いました。当該設備の建造が完了した後、A社はOFACによりSDNリストに追加されました。S社が、米国制裁の遵守を理由に建造費の支払いを停止したことを受けて、A社は反外国制裁法12条に基づき南京海事法院に提訴して船舶の仮差押えを求め、南京海事法院はこれを認容しました。その後、S社はOFACから支払許可を取得し、南京海事法院に対して反担保金(差押えを解除するための担保金)を支払い、A社が反担保金から建造費を受領することにより紛争は解決しました。
- H社による重大訴訟公告 2026年2月27日https://pdf.dfcfw.com/pdf/H2_AN202602271820104769_1.pdf
H社による重大訴訟公告 2026年3月6日https://pdf.dfcfw.com/pdf/H2_AN202603061820340028_1.pdf?1772811113000.pdf - W社による重大訴訟公告 2026年5月23日
https://file.finance.sina.com.cn/211.154.219.97:9494/MRGG/CNSESH_STOCK/2026/2026-5/2026-05-23/12349115.PDF - 実務上重要な点として、取引の直接の当事者に米国の個人・企業等が含まれない場合でも、支払いに米ドルが使われる場合には、送金の過程で米国金融機関が関与することになるため、一次制裁の対象となります。
- ただし、米国による制裁対象者と取引等を行うことにより、米国当局の裁量により芋づる式に制裁指定されてしまうという「二次制裁」のリスクが生じる可能性があります。