Ⅰ. はじめに
2025年3月3日、国土交通省が設置する「自動運転ワーキンググループ」1の下に設置された「自動運転車の安全性能確保策に関する検討会」(以下「本検討会」といいます。)は、自動運転車の安全性能確保策に関する検討会報告書2(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。
本報告書では、本検討会で行われた、自動運転車の安全確保に係る「保安基準3/ガイドライン4の具体化」及び「改正後の保安基準/ガイドラインへの適合を求める仕組み」についての検討結果が取りまとめられています。
本検討会での検討は、2024年5月31日付「AI時代における自動運転車の社会的ルールの在り方検討サブワーキンググループ」報告書(以下「SWG報告書」といいます。)の議論を踏まえたものとなっています。
Ⅱ. 自動運転車の安全確保に係る最近の動向
(1)「保安基準/ガイドラインの具体化」関連の制度整備
2019年5月に改正された道路運送車両法において、レベル3・4の自動運転システムを「自動運行装置」として保安基準の対象装置に追加するとともに、当該自動運行装置の具体的な保安基準が策定されています。また、2024年6月に策定されたガイドラインにおいて、人又は物の運送サービスに使用するレベル4自動運転車について、安全確保の考え方や社会に受け入れられる安全水準の明確化が図られています。
(2)日本の自動運転システムの安全評価プロジェクト
2018年より、経済産業省・国土交通省の「モビリティDX検討会」の傘下において、日本の自動運転システムの安全性評価プロジェクト(SAKURAプロジェクト)が進められており、シナリオパターンの生成や、各シナリオで自動運転システムが対応できているかについての評価手法、具体的には多様なシナリオでシステムが「有能で注意深い人間ドライバー(Competent and careful human driver)」と同等以上の安全性を確保できているかの確認手法の定義に向けて検討が行われています。
(3)自動運転車の安全基準等に係る国際動向
自動運転に係る国際基準は、日本も積極的に参画している「自動車基準調和世界フォーラム」(WP.29)において策定されており、現在は、法的拘束力のあるレベル4を含む自動運転車の国際基準を2026年6月までに策定すべく国際議論が進められています。
Ⅲ. 自動運転車の安全確保に係る今後の対応
1. 保安基準/ガイドラインの具体化
2019年5月の道路運送車両法改正以来、自動運転車の安全確保に係る制度整備が進められていますが、本報告書は、より一層の安全な自動運転車の開発・普及に当たっては、自動運転車が満たすべき安全性能等について、以下の方針で更なる具体化を図る必要があると指摘しています。
(1)具体化に当たっての基本方針
国際的な動向を踏まえつつ、また、メーカーや事業者の創意工夫や技術開発等を妨げることがないように、まずはガイドラインを見直すことで対応することとされています。具体的には、シナリオを活用した安全性評価手法を取り入れるとともに、日本で実施されている研究等を踏まえ、「有能で注意深い人間ドライバー」に関する安全要件の具体化を図るとともに、ドライバーレス車両の今後の普及を見据え、世界に先駆けて保安基準をドライバーレス車両にも対応したものとしていくとされています。そして、本報告書にて取りまとめられた方針に基づく日本の安全性評価手法やドライバーレス車両に対応した基準については、WP.29への提案等を通じて国際議論に反映するものとされています。
(2)ガイドラインの具体化の方向性
ガイドラインについては、下記の方向性での具体化を図るとされています。
- 安全確保に係る考え方については、国際基準及び国際ガイドラインにおいて、自動運転車は道路交通規則を確実に遵守することが要求されていることを踏まえ、SWG報告書で示した以下の考え方を基本とする。
① 自動運転車は、道路交通法を遵守5する。
② 自動運転車は、他の交通参加者が道路交通法を遵守する限り、事故を発生させない。
③ 自動運転車は、他の交通参加者が道路交通法を遵守しない場合であっても、できる限り事故を発生させない。
④ 自動運転車は、他の交通参加者が道路交通法を遵守せず、事故が不可避な場合であっても、できる限り被害の軽減に努める。 - 安全性評価の手法としては、自動運転車が遭遇しうる場面を体系的に整理し、各場面で自動運転のシステムが必要な性能を有しているか評価を行うシナリオベースアプローチの考え方が示されており、国連文書と同様、(ア)通常の交通状況のシナリオ(Nominal scenario)、(イ)衝突の危険性があるシナリオ(Critical scenario)、(ウ)不具合発生のシナリオ(Failure scenario)に分類する考え方が示されている。
- 個別の自動運転車の安全性評価に当たっては、自動車製作者等は、抽出したリスクシナリオごとに、性能評価のための各種パラメータを設定し、シナリオ・テストケースを作成した上で、シミュレーション試験、試験路走行試験、実交通環境試験により総合的に適合性を確認することにより、性能評価・適合性の確認を行うことを想定する。
- シナリオ・テストケースごとの自動運転車の性能評価に当たっては、安全確保に係る基本的な考え方に基づき、「有能で注意深い人間ドライバー」以上の安全性を有しているかを評価基準として、国・審査機関への申請に当たっては、当該自動運転車が個別のシナリオに則し、当該評価基準を満たしていることを示すことを想定する。同時に、国としても引き続きドライバーの実験データ等を活用し、当該安全要件の具体化を図る。
(3)ドライバーレス車両に対応した保安基準の見直しの方向性
本報告書は、ドライバーレス車両の今後の普及を見据え、運転者が不在であれば後写鏡は不要になるといった保安基準の見直しが必要となる具体例を挙げつつ、保安基準そのものをドライバーレス車両にも対応したものとしていくべきであると提言しています。
2. 改正後の保安基準/ガイドラインへの適応を求める仕組み
(1)改正後の保安基準への適合を求める仕組みの考え方
保安基準の改正は、自動車ユーザーや自動車の開発・販売に大きな影響を与えることを踏まえ、(i)新車については、改正された保安基準の施行後から適切な猶予期間を設けた上で、その適用日以降に製造された新車に適合を求めつつ、(ii)使用過程車については、すべての改正時に一律で適合を求めるのではなく、安全上の重大度や技術的困難度を考慮した上で、改正内容に応じ、個別に検討するものとされています。
(2)製作者等・認可当局による継続的な安全向上の取組
自動運行装置の保安基準適合性については、市場導入後にも引き続き安全性を確保することも目的とした製作者等によるモニタリング(ISMR: In-Service Monitoring and Reporting)等を行うことの重要性も指摘されています。
そして、モニタリング等の結果、自動運行装置の不具合や、審査時に想定されていなかったような安全上重大な事象等が判明した場合、製作者等においては不具合等に関する原因分析や、影響評価、使用過程車に対する改善措置の要否を検討し、認可当局においては、製作者等からの報告等を踏まえ、保安基準の改正の必要性に関する検討を行うほか、必要に応じ製作者等の改善のための措置についての指導を行う等の措置を講じることがそれぞれ求められています。
Ⅳ. 終わりに
本検討会での取りまとめに基づき具体化される保安基準やガイドラインについては、国際議論や自動運転技術の技術動向等を踏まえた見直しが行われることが重要であるとされており、引き続き動向を注視していく必要があります。
また、本報告書のほかに、SWG報告書を踏まえ、(i)警察庁に設置された自動運転の拡大に向けた調査検討委員会からは「令和6年度自動運転の拡大に向けた調査研究報告書」(2025年3月)が、(ii)国土交通省物流・自動車局からは「ロボットタクシー導入等に向けた自動運転における自賠法上の損害賠償責任に関する検討会報告書」(2025年4月)が公表され、自動運転の社会実装に向けた制度整備が進められていますので、それらの動向も注視していく必要があります6。
- 「自動運転ワーキンググループ」は、ビジネスモデルに対応した規制緩和等に取り組むとともに、認証基準等の具体化による安全性の確保、事故原因究明を通じた再発防止、被害が生じた場合における補償の観点からの短期集中的な検討を行うことを目的として、交通政策審議会陸上交通分科会自動車部会の下に設置されたものです。
- https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001879642.pdf
- 道路運送車両法上の国が定める保安上又は環境保全上の技術基準をいいます。
- 2024年6月に策定された、人又は物の運送サービスに使用するレベル4自動運転車を対象とする「自動運転車の安全基準に関するガイドライン」をいいます。
- 今後の国際議論等を踏まえ、関係省庁と連携とした議論が必要となります。道路交通法上の定型的、一般的な義務について自動運行装置が代替して担うことが想定されており、すべての義務を自動運行装置が代替して担うことが想定されているものではありません。
- (i)については次号、(ii)については次々号のAutomotive Newsletterで取り上げる予定です。