Ⅰ. はじめに
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
当事務所は、長年にわたり、企業の皆様や国・地方自治体の皆様から行政法に関連する様々な法律相談を受けてまいりました。具体的には、企業の皆様による関係法令に基づく届出・申請・許認可の取得等に関係する相談、行政指導への対応、法律・条例の解釈・適用の相談、情報公開請求、審査請求・行政訴訟等のサポートや、国・地方自治体の関係者の方から多岐にわたる法律相談へのアドバイスまで、様々なクライアントの皆様における多種多様な行政法分野の法的問題の解決に尽力してまいりました。
この度、当事務所では、これまでの行政法に関する知識・経験の集積をより徹底し、専門性をさらに高めるとともに、高度かつ充実したリーガルサービスの提供を迅速に実現するため、「行政法プラクティス・グループ」を立ち上げるとともに、Administrative Law Newsletterを創刊することといたしました。Administrative Law Newsletterでは、行政手続、行政争訟、判例、各種業法による規制対応、公務員、地方自治、公物などをはじめとした行政法分野の最新情報をお届けしてまいります。
Administrative Law Newsletterの創刊号である本号では、「警察庁保有個人情報管理簿一部不開示決定取消等請求事件」(最高裁令和7年6月3日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)335号)。以下「本件最高裁判決」といいます。)をご紹介します1。本件最高裁判決は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成28年法律51号改正前のもの。以下「情報公開法」といいます。)に基づく行政文書の開示請求について、同法5条各号の不開示情報が記録されているか否かの判断方法や、不開示決定の取消訴訟の審理の在り方等に関し、実務的に重要な示唆を含むものです。本号では、本件最高裁判決に係る事案の概要・判決内容を紹介するとともに、本件最高裁判決の意義・今後の実務へのポイントを解説します。
Ⅱ. 本件の事案の概要
1. 訴え提起に至るまでの事実関係
上告人(特定非営利活動法人)は、情報公開法4条1項に基づき、警察庁長官(処分行政庁)に対し、「行政機関個人情報保護法210条2項1号、2号、11号に該当するとして個人情報ファイル3の作成義務の例外とされている個人情報ファイルの数、個人情報ファイルのファイルの名称、含まれる個人情報の概要のわかるもの」4を対象とする行政文書の開示請求(以下「本件開示請求」といいます。)を行いました。警察庁長官は、本件開示請求の対象となる文書を保有個人情報保護管理簿126通と特定し、そのうち122通(以下「本件各文書」といいます。)は、個人情報ファイル1件ごとに、同一の様式を用いて、当該ファイルに関する所定の情報を表形式で記録した文書であり、下記図のような各欄が設けられたものでした(ただし、「備考」欄については後記2.をご参照ください)5。
名称 | |
利用に供される事務をつかさどる係の名称 | |
利用の目的 | |
記録される項目 | |
本人として記録される個人の範囲 | |
記録される個人情報の収集方法 | |
記録される個人情報の経常的提供先 | |
保有開始の年月日 | |
保存場所 | |
備考 |
警察庁長官は、本件開示請求を受けて、平成28年7月15日付けで、本件各文書につき、各欄の項目名の部分を開示し、各項目の内容の部分には、情報公開法5条3号又は4号所定の不開示情報(以下「本件各号情報」といいます。)が記録されているとして、これを不開示とする旨の決定(以下「本件決定」といいます。)を行いました。
情報公開法(抜粋) 第5条 行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。 一~ニ (略) 三 公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報 四 公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報 (以下略) |
上告人は、平成30年3月、被上告人(国)を相手に、本件決定のうち不開示部分とした部分に係る処分の取消しと、本件各文書中の不開示部分の開示決定の義務付けを求めて本件訴えを提起しました。
他方で、警察庁長官は、上告人らから別途、行政文書の開示請求を受けて、平成30年1月及び令和元年7月、本件各文書のうち30通につき、それぞれの一部を開示する旨の各決定(以下「別件各決定」といいます。)を行いました。
2. 原々審、原審の経過
本件最高裁判決の原々審(東京地判令和4年1月18日(判タ1515号99頁))は、本件決定のうち、本件各文書の記載欄の一部については本件各号情報に該当すると認められないため違法であるとして不開示決定を取消し、警察庁長官は当該部分を開示する旨の決定をするよう命じた一方、その余の請求については棄却ないし不適法として却下しました6。
警察庁長官は、原々審を受けて、令和4年4月28日付けで、上告人に対し、本件決定を変更し、本件各文書につき、本件各号情報に該当すると認められなかった部分の記載欄を開示する旨の決定(以下「本件変更決定」といいます。)を行いました(以下、本件変更決定によっても開示されなかった部分を「本件不開示部分」といいます。)。上告人は、その後、本件訴えのうち本件変更決定により新たに開示された部分に係る訴えを取り下げました。
本件最高裁判決の原審(東京高判令和5年5月17日(判タ1523号114頁))は、まず、①「行政機関の長の判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるか否かを審査する以上、不開示情報該当性については、行政機関の長の判断時点(本件では本件変更決定時点)でこれを備えていたか否かを審理する」と言及した上で、本件変更決定時までに加筆・修正された部分については、当該加筆・変更後の情報が本件各号情報に該当するとの判断に裁量の逸脱・濫用があるか審査するものとしました。
また、②具体的な検討に当たって、東京高裁は、(i)別件各決定で開示されなかった記載欄と、(ii)別件各決定で開示された記載欄を区別しました。
(i)については、不開示の記載欄は、「その欄内の記載を更に細分化して不開示事由の存否を検討することはできず、……各記載欄に記載された欄単位の情報をもって、それ自体不可分な一体的な情報であると評価し、その不開示情報該当性を検討するのが相当」とし、「備考」欄に関しても、別件各決定の開示により、小項目の存在がうかがわれ、「必ずしも全体として一体的と捉える必然性はなく、可分なものも含まれると推測はされる」ものの、被控訴人(被上告人・国)が「備考」欄の記載を明らかにすること等を求める控訴人(上告人)の釈明には応じない旨陳述したため、「備考」欄に「どのような小項目が設けられているか……など、その記載内容を裁判手続において特定し、さらに、不開示事由の存否を個別に判断することは困難である」とし、結論として、不開示情報に該当することを認めました。他方で、(ii)については、「備考」欄には、空白であるものや、「取り扱う権限を有する者の範囲」、「電気通信を利用して伝達する場合における注意事項」、「取り扱うことができる場所」、「保存すべき場所」、「関係法令等」、「関連通達」等の複数の小項目が設けられていることを認定し、小項目の名称及び一部を除く小項目の内容は不開示情報に該当しないとして、本件変更決定時における警察庁長官の判断に裁量の逸脱・濫用があったと判断しました。
Ⅲ. 最高裁判決の内容
前記Ⅱ.2.のとおり、本件不開示部分のうち、②(i)別件各決定で開示されなかった記載欄は原審においても不開示情報に該当することが認められたため、上告人は、これを不服として上告しました。
本件最高裁判決では、原審の判断のうち、前記Ⅱ.2.の①不開示部分に記録された情報の不開示情報該当性に関する判断の基準時と、②(i)別件各決定によっても開示されなかった記載欄のうち、小項目の存在がうかがわれる「備考」欄に関する不開示情報該当性の判断方法の2点についての判断を覆し、原判決を破棄し、原審に差し戻しました。本件最高裁判決には、林道晴裁判官の補足意見(渡辺惠理子裁判官及び平木正洋裁判官がこれに同調)及び宇賀克也裁判官の意見が付されています。
1. 法廷意見について
(1)不開示部分に記録された情報の不開示情報該当性に関する判断の基準時
前記Ⅱ.2.の①のとおり、原審は、本件では、本件不開示部分に記録された本件各号情報該当性については、本件変更決定時を基準に判断(本件決定から本件変更決定までに加筆・変更がされた部分については、加筆・変更後の情報について本件各号情報該当性を審理判断)すべきであると判断しました。
これに対し、本件最高裁判決は、開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されていることを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、「当該不開示決定がされた時点において当該行政文書に不開示情報が記録されていたか否かを審理判断すべきもの」(下線は筆者による。以下、判決引用部部分について同じ)であり、本件においては、「上告人は本件決定のうち本件不開示部分に関する部分の取消しを求めていることが明らかであるから、本件決定がされた時点において本件各文書に本件各号情報が記録されていたか否かを審理判断すべきものである」ため、原審が加筆・変更後の情報の本件各号情報該当性について判断した点について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があると判示しました。
(2)「備考」欄に関する不開示情報該当性の判断方法
前記Ⅱ.2.の②(i)のとおり、原審は、別件各決定によっても開示されなかった記載欄のうち、「備考」欄については、小項目の存在がうかがわれ、情報として可分なものも含まれると推測されるものの、被上告人(国)が上告人による釈明に応じなかったことから、結論としては、各欄ごとにそれぞれ一体的に本件各号情報該当性を検討するものと判断しました。
これに対し、本件最高裁判決は、情報公開法において、開示請求に係る行政文書は、不開示情報が記録されている場合を除き開示しなければならず(同法5条)、その一部に不開示情報が記録されている場合であっても、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、当該部分を除いた部分につき開示しなければならないものとされており(同法6条1項)、「開示請求に係る行政文書に記録された情報は原則として公開されるべきものとされていることに照らせば、行政文書が表形式のものであるからといって、常に各欄ごとに不開示情報該当性についての判断をすれば足りるということはでき」ず、「特に、文書に設けられた「備考」欄には、その性質上、当該文書に記録された主要な情報に付随し又は関連する多様な情報が記録されることが一般的に想定される」として、原則公開という情報公開法の趣旨、表形式の行政文書についての不開示情報該当性の考え方、及び「備考」欄の特質について言及しました。
そして、本件各文書の「備考」欄には、様々な小項目が複数設けられているものがあり、現に、原審も、別件各決定により開示された「備考」欄については、これを細分化した部分ごとに本件各号情報該当性についての判断をしていること(前記Ⅱ.2.の②(ii)参照)を指摘した上で、「これらの事情に照らせば、原審としては、別件各決定によっても開示されていない「備考」欄……についても、被上告人に対し、文書ごとに、小項目が設けられているか否か、小項目が設けられている場合に、それでもなお当該「備考」欄について一体的に本件各号情報が記録されているといえるか否か等について明らかにするよう求めた上で、合理的に区切られた範囲ごとに、本件各号情報該当性についての判断をすべきであった」と述べ、原審の判断には、審理不尽の結果、判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があると判示しました。
2. 林道晴裁判官の補足意見について
(1)不開示情報の主張立証責任及びそれを踏まえた裁判所の審理運営
林裁判官は、原審では、情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟の審理や裁判所側の釈明の在り方に照らし、裁判所側からの働きかけが十分ではなかった結果、本件各号情報該当性の判断方法を誤った点が問題であったと指摘し、それらに関する具体的な論証を次のとおり展開しました。
すなわち、「情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟において、開示請求に係る行政文書(以下「対象文書」といいます。)に不開示情報が記録されていることについては、一般に被告(国)が主張立証責任を負うものと解され、具体的には、対象文書中の不開示部分に、一般的・類型的にどのような情報が記録されているかを明らかにした上で、当該情報が不開示情報に該当すると判断する理由について、対象文書を実際に見分することができない裁判所や原告にも理解可能な形で、できる限り具体的に主張立証すべき」(括弧書は筆者による)であること、さらに「原則公開という情報公開法の趣旨に照らせば、被告においては、不開示部分をできる限り細かく区切って上記主張立証をすることが求められる」と述べました。
そして、以上の主張立証責任を踏まえ、「被告の主張立証に対し、原告から、不開示情報をより細分化して主張立証すべきである旨の指摘があった場合には、裁判所は、情報公開法の上記趣旨等に加え、原告による的確な反論反証が可能であるかといった観点も踏まえ、被告に対し適切に釈明権を行使した上で、合理的な区切り方を見出していくことが求められる」とし、裁判所が積極的な審理運営を行うべきであると述べています。
(2)「合理的な区切り方」による不開示情報該当性の判断方法
林裁判官は、前記(1)の裁判所による積極的な審理運営を通じて、適切に不開示部分が区切られた場合には、裁判所としては、当該区切られた範囲ごとに不開示情報該当性についての判断をすればよいが、審理を尽くしても被告による不開示部分の区切り方が合理的であるとは認められない場合の判断の在り方について、次のように意見を述べました。
すなわち、(a)不開示情報が記録されていると認められる範囲と、認められない範囲とに更に区分できると判断した場合には、前者と後者を区分した上で、前者について取消請求を棄却し、後者について取消請求を認容すべきとし、(b)被告が区切った範囲に、不開示情報だけでなく、不開示情報に該当しない情報も含まれていると認められ、かつ、両者を特定して区分することができるとはいえない場合には、「当該範囲に不開示情報が記録されているとの被告の主張立証が成功していないとして、当該範囲の全体につき取消請求を認容するのが相当7」であるとし、主張立証責任の所在から具体的な判断方法の帰結を導出しています。
3. 宇賀克也裁判官の意見について
(1)違法判断の基準時について
宇賀裁判官は、行政処分の違法性の判断基準時について、瑕疵の治癒、違法行為の転換が認められるような例外的場合を除き、判例(最判昭和34年7月15日等)が処分時説を採用していること等を根拠に、本件決定時が違法判断の基準時となるべきであり、本件がそのような例外的要件に該当するものとは考えられないとし、本件変更決定時を基準時とした原審には誤りがあるとした論旨には理由があると整理しています。
(2)「情報単位論」(独立一体説)について
宇賀裁判官は、原審について、「別件各決定により開示された文書では、警察庁長官が開示して支障がないとして開示し、上告人も裁判所も実際にその部分を見て開示に支障がない情報であることを確認できているにもかかわらず、欄を独立した一体の情報ととらえ、その一部にでも不開示情報が含まれている可能性があれば全体を不開示にする」という判断をしたことから、情報単位論(独立一体説)を採用しているものと解し、情報単位論(独立一体説)への批判を詳細に展開しています。情報単位論(独立一体説)は、大阪府知事交際費第2次上告審判決(最判平成13年3月27日)をリーディングケースとする、不開示情報に該当する「独立した一体的な情報」をさらに細分化し、その一部を非公開とし、その余の部分には不開示情報に該当する情報は記録されていないものとみなして、これを開示することまで行政機関が義務付けられているものではないとする考え方をいいます8。
また、関連して、不開示決定の取消訴訟においては、一般的には、原告は、当該行政文書を保有しておらず、その内容を知り得ないという特色を踏まえ、「被告から欄や小項目単位ではなく、開示により支障が生ずる「おそれ」のある部分を具体的に特定して不開示情報に当たる理由が説明されていない場合には、裁判所は、釈明権を行使して、それを説明させる釈明義務を負う」との意見が述べられています。
Ⅳ. 判決の意義・今後の実務へのポイント
1. 不開示情報該当性に関する判断の基準時について
本件では、前記Ⅱ.2.のとおり、取消訴訟の対象となる本件決定について、原々審を受けて一部を開示する本件変更決定を行っている点に特色があります。本件最高裁判決は、前記Ⅲ.1.(1)のとおり、不開示情報が記録されていることを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、当該不開示決定がされた時点において当該行政文書に不開示情報が記録されていたか否かを審理判断すべきであるとし、本件におけるその判断の基準時は、本件変更決定時ではなく本件決定時であると判示しました。
本件変更決定は、あくまで原審で不開示につき違法との判断が下された部分を開示するのみであり、宇賀裁判官の意見(前記Ⅲ.3.(1)参照)において示唆されているように、本件変更決定により、本件不開示部分について瑕疵の治癒や違法行為の転換といった例外的な事情があったものとは認められないと考えられるため、本件最高裁判決の判示は本件に即した合理的な判断であったと解されます。
官公庁・地方自治体の皆様におかれましては、事後的に一部の変更決定を行うことや、不開示と決定した部分について加筆・変更がなされることも生じるものと思われますが、以上を踏まえ、基本的には、そのような決定後の事情により当該決定の判断の当否が覆ることはないことを念頭に、決定当時の行政文書の記載をもってどのように不開示と判断したのか整理いただくことが肝要であると考えます。
2. 不開示情報該当性は合理的に区切られた情報ごとに判断されることについて
(1)「合理的な区切り方」によって情報が細分化されることに伴う留意点
本件最高裁判決は、前記Ⅲ.1.(2)のとおり、原則公開という情報公開法の趣旨に言及し、表形式の行政文書における不開示情報該当性の考え方や、同文書によく用いられる「備考」欄の特質に関する一般論を述べた上で、原審が別件各決定により開示された「備考」欄に関しては細分化して小項目ごとに検討していたことも踏まえ、本件不開示部分の「備考」欄について、「合理的に区切られた範囲ごとに本件各号該当性についての判断をすべきであった」と判示しています。
上記のように、本件最高裁判決では、あくまで表形式の行政文書における「備考」欄を対象として、かつ、本件の特殊性についても言及した上での事例判断を行っているものとも解されます。しかし、本件最高裁判決も説示する、開示請求に係る行政文書に記録された情報は原則として公開されるべきという情報公開法の趣旨は一般的に妥当するものであると考えられます。そうすると、林裁判官の補足意見が説示するとおり(前記Ⅲ.2.参照)、今後の実務においては、行政文書の開示請求があった場合、処分庁としては、可能な限り、合理的に区切られた範囲ごとに不開示情報該当性を検討し、全体として一体的に不開示するのではなく、より細分化された開示の方法を検討すべきであると考えられます。
企業の皆様におかれましては、例えば、官民連携事業等の官公庁・地方自治体との取引や、許認可・登録等を要する事業との関係で、企業活動において作成した文書を行政機関に対して提出する場面があるかと存じます。本件最高裁判決を踏まえると、行政機関が保有するに至った文書については、上記のとおり、合理的に区切られた範囲での開示がなされ得ることになり、例えば、本件のように、第三者への開示を望まない詳細な情報に関しては、「備考」等として記載したとしても、必ずしも「備考」全体が不開示とされることにはならず、「備考」の記載を細分化した上での開示がなされる場合があるといえます。また、本件最高裁判決によれば、今後は、不開示情報と開示対象となる情報が混在している文書などについても、一律に不開示となるのではなく、文書を細かく細分化して、不開示情報の範囲を精査される可能性が出てきます。そのため、企業の皆様としては、行政機関への文書の提出に当たっては、情報公開法5条各号の不開示情報に該当すると想定する情報の内容及びその表示の仕方等について、今後はより慎重にご留意いただくことが有用と考えます。
(2)不開示決定の取消訴訟における有効な訴訟活動について
本件最高裁判決は、上記(1)で述べた裁判所が合理的に区切られた範囲ごとに不開示情報該当性を判断するに当たって、前記Ⅲ.1.(2)のとおり、「備考」欄について、「被上告人に対し、文書ごとに、小項目が設けられているか否か、小項目が設けられている場合に、それでもなお当該「備考」欄について一体的に本件各号情報が記録されているといえるか否か等について明らかにするよう求め」るべきであったと、原審における釈明権行使の不足による審理不尽を指摘しています。
林裁判官の補足意見のとおり、前提として、情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟においては、行政文書に不開示情報が記録されていることについては、一般に被告(国)が主張立証責任を負うものと解されます(前記Ⅲ.2.(1)参照)。本件最高裁判決は、上記(1)と同様に、必ずしも一般論としての規範等を提示するものではありませんが、主張立証責任の所在を踏まえて、不開示となる情報を細分化し、具体的な不開示情報該当性に関する主張立証を求めるものであることを明らかにしたといえます。
そして、情報公開法に基づく不開示決定の取消訴訟においては、原告(及び裁判所)は対象となる行政文書の内容を知り得ない立場にあります(前記Ⅲ.2.(1)・3.(2))。そのため、本件最高裁判決における上記判示は、林裁判官・宇賀裁判官が示唆するとおり、原告による的確な反論・反証のためにも、裁判所において、適切な釈明権の行使等、積極的な審理運営を行うべきであるという情報公開請求訴訟の審理の在り方についてのメッセージを含むものと考えられます。
以上を踏まえ、企業の皆様におかれましては、不開示決定を不服として訴訟で争う場合には、自身による適切な反論・反証を可能とすべく、裁判所に対して、不開示部分の情報の概要や、より細分化した情報ごとの不開示情報該当性等を主張立証するよう被告に求める旨の釈明権の行使を促すなど、適切な訴訟指揮を求める訴訟活動をすることが効果的であるといえます。
- https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=94152
- 令和3年法律37号(令和4年4月1日施行)による廃止前のもの
- 行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律では、個人情報ファイル(行政機関が保有する特定の個人情報を体系的に構成したもの)について、行政機関の長に対し、原則として個人情報ファイル簿の作成及び公表を義務付けていましたが、国の重大な利益に関する事項を記録したものや、犯罪の捜査等のために作成・取得したもの等(同法10条2項1号~10号)に関しては例外的に当該義務の対象外としていました(同法11条2項1号)。
- https://koukai-hogo-db.soumu.go.jp/reportBody/12049
- 図は判例タイムズ1523号114頁参照
- https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=90988
- ただし、林裁判官は、改めて処分をすべき立場に置かれた処分庁としては、必ずしも当該範囲の全部を開示する義務を負うことにはならず、区切り方を再検討した上で、当該範囲の一部に限って開示決定をすることもできると述べています。
- 宇賀克也『新・情報公開法の逐条解説』(有斐閣・2018年)132頁