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Antitrust/Competition Newsletter

経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方及び経済安全保障と独占禁止法に関する事例集の公表

Ⅰ⁠. はじめに

令和7年11月20日、「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」(以下「本考え方」といいます。)及び「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」(以下「本事例集」といいます。)が公表されました1。本考え方は公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)により、本事例集は公取委、経済産業省、国土交通省(以下「公取委等」といいます。)によって発出されています。

近年、サプライチェーン強靱化、重要物資の安定供給確保、重要技術の管理といった経済安全保障政策が企業活動に対して大きな影響を及ぼしています。その一方で、こうした経済安全保障上の要請に基づく企業の取組が、独占禁止法(以下「独禁法」といいます。)との関係でどのように評価されるのかについては、必ずしも明確な指針が存在していませんでした。

このような状況の下で公表された本考え方及び本事例集は、経済安全保障の観点から企業が行う情報交換、共同の取組、企業結合等について、独禁法上の基本的な整理及び具体的な判断の方向性を示すものであり、今後、企業が経済安全保障を踏まえた事業活動を検討・実行していく上で、実務上重要な意義を有するものと考えられます。

そこで本稿では、本考え方及び本事例集が公表されるに至った背景について簡単に触れた上で(下記Ⅱ.)、本考え方の概要及び本事例集において言及されている事例のうち、企業結合分野において実務上重要と思われるものをご紹介いたします(下記Ⅲ.及びⅣ.)。

Ⅱ⁠. 本考え方及び本事例集の策定の背景

1⁠. 経済安全保障政策を巡る政府の動向

令和4年5月、日本政府は、安全保障の対象領域が経済分野にまで急速に拡大していることを踏まえ、国家及び国民の安全を経済面から確保するための取組を強化・推進することを目的として、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(いわゆる経済安全保障推進法)を成立・公布しました。その後、政府は、同法に基づき、全体の基本方針や各種制度の運用に関する基本方針を順次策定し、制度の運用を開始しています。

2. 有識者会議における議論及び公取委への相談

経済産業省は、令和5年10月以降、経済安全保障政策に関係する産業界の関係者、有識者及び関係省庁が参加し、今後の政策の方向性について情報共有や意見交換を行う場として、「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化のための有識者会議」(以下「有識者会議」といいます。)を定期的に開催してきました。

有識者会議では、経済安全保障の観点から実施される事業者間の情報交換や連携、再編といった行為について独禁法上の基本的な考え方を整理した上で、いわゆるグリーンガイドライン等と同様の指針を設ける必要がある等の意見が示されていました2

また、経済産業省は、国土交通省とも連携して、事業者間の情報交換、連携、再編といった経済安全保障の観点から実施する行為に関して、産業界から寄せられた様々な事例を取りまとめ、公取委への相談も実施していました3

3. 本考え方及び本指針の策定・公表

公取委等は、こうした有識者会議における議論や、経済産業省や国土交通省から提供された具体的事例を踏まえ、経済安全保障に関連した事業者の取組について、独禁法上の基本的な考え方を整理するとともに、具体的な想定事例を取りまとめたものとして、本考え方及び本事例集を公表しました4

本事例集には、合計15の想定事例と、それぞれについての独禁法上の考え方が示されています。以下では、本考え方の概要及び本事例集における事例のうち、特に実務上の重要性が高いと考えられる点に焦点を当てて解説します。

Ⅲ. 本考え方の概要

本考え方は、基本的には従来の独禁法の解釈・運用を大きく変更するものではありませんが、調達途絶が発生した緊急時における情報交換や共同の取組について、一定の条件の下では独禁法上問題とならない場合があることを明示しています。具体的には、重要原材料の著しい不足が生じている深刻な期間に限り、行政機関が事業者等に対して調達数量や調達先等について指示・指導を行う場合において、事業者等が、安定調達のために必要な範囲に限定して、調達数量や調達先等の情報を相互に交換・共有し、必要な共同の取組を行う場合には、原則として独禁法上問題とならないと整理されています。

この点は、一定の条件を満たす限りにおいて、必要最小限の情報交換・共有が許容され得ることを明確にしたものであり、実務上、一定の参照価値を有するものと考えられます。他方、調達途絶が発生した緊急時というのが具体的にどのような事態に認められるのかといった点について今後議論が必要になると考えられます。

また、本考え方では、緊急時に限らず、将来的な調達途絶リスクに備えた情報交換や共同の取組についても、独禁法上問題とならない場合があることが示されており、企業が平時から経済安全保障を意識した対応を検討する際にも、有用な指針となるものといえます。

以上に加え、本考え方では、経済安全保障の観点が関係する業界再編等の事例を念頭に、市場シェアが100%となっても企業結合を認めた事例や国境を越えた市場画定を認めた事例等を中心に企業結合審査における参考となる考え方についてもこれまでの事案の整理が行われています。近時の企業結合事案においては、経済安全保障の観点からも重要な意義を有すると説明できる事案も散見されることから、本考え方における整理は参考になるものであり、当該整理を踏まえた本事例集の記載に関しても実務上考慮すべき点が多いと言えます。

こうした背景を踏まえ、下記Ⅳ.では、本事例集に掲載されている事例のうち、企業結合関係の事例のいくつかをご紹介します。

Ⅳ. 本事例集における企業結合関係の主な事例の紹介

1⁠. 事例⑩:市場が縮小する事業に関する統廃合

(1)事例の概要
本事例は、将来的に需要減少が想定されている事業分野において、需給の均衡がとれている現段階において、企業間で将来の需要予測・供給予測に基づいたプラント等の共同廃棄又は統合を行うケースを想定したものです。

当該事業分野においては、将来的な市場縮小が見込まれる中でも、海外企業による競争圧力に対抗し、国内産業基盤を維持することが経済安全保障上重要であるとの認識が前提とされています。そのため、国内企業間でプラント等の共同廃棄や統合を検討するにあたり、将来の需要・供給に関する情報を交換する必要があるという観点から、独禁法上の整理が求められた事例です。

 

事例⑩:市場が縮小する事業に関する統廃合

 

(2)独禁法上の考え方
本事例では独禁法上の考え方として、「海外企業の競争圧力に対抗しなければならないほど海外製品が販売されているという状況を踏まえると、輸入圧力が働く場合が多く、当該輸入圧力が十分大きいと認められる場合は、通常、独占禁止法上問題とならない。」とされています。また、「輸入圧力が働くことのみで独占禁止法上問題とならないと判断できないとしても、①当事会社の地位及び競争者の状況、②隣接市場からの競争圧力、③需要者からの競争圧力などを総合的に勘案し、競争の実質的制限とならないと評価できる場合、独占禁止法上問題とならない。」と整理されています。

(3)実務上のポイント
企業結合における競争を実質的に制限するおそれの有無の判断に当たっては、公取委が公表している、「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」においても示されているとおり、競争圧力の一要素として輸入圧力が考慮されることとされています。

そのため、本件のように経済安全保障の観点から実施される取組であっても、直ちに当該行為が許容されるわけではなく、輸入圧力の有無やその程度に加え、当該市場における競争状況全体を踏まえた検討が必要であることが、改めて明らかにされています。

もっとも、本事例においては、海外企業からの輸入圧力が十分に大きいと認められる場合には、通常、独禁法上問題とならないと整理されている点も注目されます。この点を踏まえると、今後、企業間において製造設備等の統廃合を検討するに当たっては、輸入圧力の存在及びその影響について、これまで以上に丁寧な分析を行うことが有用と考えられます。

2⁠. 事例⑪:過剰供給市場におけるポートフォリオ調整

(1)事例の概要
本事例は、海外企業が過剰供給を背景に廉価な製品を市場に供給することで市場シェアを拡大している状況の下、国内企業が単独では生産効率の維持・向上等の対応を図ることが困難となっているケースを想定したものです。

このような状況において、国内企業間で業務提携や事業譲渡等を通じて、各社の事業ポートフォリオを相互に調整することにより、生産効率を向上させ、国内企業の競争力を維持・確保する必要があるとの観点から、独禁法上の整理が求められた事例です。

 

事例⑪:過剰供給市場におけるポートフォリオ調整

 

(2)独禁法上の考え方
本事例における独禁法上の考え方は、事例⑩と同様の整理が示されています。すなわち、「海外企業の競争圧力に対抗しなければならないほど海外製品が販売されているという状況を踏まえると、輸入圧力が働く場合が多く、当該輸入圧力が十分大きいと認められる場合は、通常、独占禁止法上問題とならない。」とされています。また、「輸入圧力が働くことのみで独占禁止法上問題とならないと判断できないとしても、①当事会社の地位及び競争者の状況、②隣接市場からの競争圧力、③需要者からの競争圧力などを総合的に勘案し、競争の実質的制限とならないと評価できる場合、独占禁止法上問題とならない。」と整理されています。

(3)実務上のポイント
本事例において示されている独禁法上の考え方自体は、従来の考え方や他の事例と比べて大きく異なるものではありません。しかしながら、本事例において、生産効率の維持・向上等の対応の方策として、各社の事業ポートフォリオの相互の調整という手段が取り上げられているという点においては一定の目新しさがあると言えます。

生産効率の維持・向上の手法について、これまでは、合併や株式取得といった経営統合を通じて行われるケースが比較的多く見られました。しかし、本事例では、各社が独立した事業体としての地位を維持したまま、業務提携や事業譲渡等を通じて事業の役割分担や統一化を図るなど、ポートフォリオの相互の調整という手法が取り上げられており、生産効率の維持・向上について多様な手法が検討し得ることが示されています。本事例は、合併や株式取得に至らない形での競争力維持・強化を検討する企業にとって、実務上注目すべき示唆を与えるものと考えられます。

3⁠. 事例⑫:事業の安定性・持続性を考慮した業界再編

(1)事例の概要
本事例は、事業に不可欠な重要原材料について、国際情勢の著しい変化等の外的ショックにより調達途絶リスクが顕在化した場合を想定したものです。具体的には、当該原材料を使用して製品Xを製造するα事業のみを行う企業が、α事業に加え、当該原材料の代替となるリサイクル材を使用して同製品を製造するリサイクル事業を有する競合他社と統合するケースが想定されています。

リサイクル事業を有しない企業は、調達途絶が生じた場合、α事業を継続することが困難となることから、供給の継続及び事業の持続性を確保するためには、リサイクル事業を有する企業との統合が必要であるとの観点から、独禁法上の整理が求められた事例です。

 

事例⑫:事業の安定性・持続性を考慮した業界再編

 

(2)独禁法上の考え方
本事例では独禁法上の考え方として、「調達途絶の影響により、企業結合がなければ近い将来に市場から退出する蓋然性が高いことが明らかであり、競争を実質的に制限することとなるおそれが小さいと評価できる(いわゆる破綻企業の考え方が適用される)可能性がある。」とされています。また、「破綻企業の考え方が適用される状況ではないとしても、当事会社の事業能力が弱いと認められるほか、①当事会社の地位及び競争者の状況、②隣接市場からの競争圧力、③需要者からの競争圧力、④輸入圧力などを総合的に勘案し、競争の実質的制限とならないと評価できる場合、独占禁止法上問題とならない。」と整理されています。

(3)実務上のポイント
本事例は、公取委の従来の考え方を変更するものではありませんが、国際情勢の急激な変化等による外的ショックを契機として調達途絶リスクが顕在化した状況において、いわゆる破綻企業の考え方が適用される余地があることを事例の形で取り上げた点で注目されます。

もっとも、本事例をもとにした具体的な検討に当たっては、調達途絶リスクが顕在化した状況とは具体的にどのような状況を指すのかという点に関して分析が不可欠と考えられます。この点、そもそも調達途絶リスクが顕在化した段階では、既に市場からの退出が不可避となっている可能性もあり得、その段階から供給の継続及び事業の持続性を確保しても無意味ではないか、供給の継続及び事業の持続性の確保のためには、調達途絶リスクが顕在化する前の段階においても、一定の条件の下で独禁法上問題とならないとの整理をすることは考えられないのかという指摘もあり得るところと考えられます。これらの点については、今後の実務の蓄積や議論の深化が期待されます。

4. 事例⑬:競争力を維持・確保するための統合・合併

(1)事例の概要
本事例は、グローバル市場における競争が激化する中で、国内企業が単独では生産効率の維持・向上等の対応を図ることが困難となっている状況を想定したものです。具体的には、国内企業間で新たに会社を設立し、当該新会社が営業、設計、調達等を一括して担う一方で、各社が製品の製造を分担して行うケースが想定されています。

新会社を通じて営業・設計・調達等を効率化することにより、生産効率を向上させ、国内企業の競争力を維持・確保する必要があるとの観点から、独禁法上の整理が求められた事例です。

 

事例⑬:競争力を維持・確保するための統合・合併

 

(2)独禁法上の考え方
本事例においては、造船業及び舶用工業が想定業種・製品として掲げられた上で、独禁法上の考え方として、以下の整理が示されています。

すなわち、造船業(外航船)については、国境を越えて地理的範囲が画定される場合がほとんどであり、海外に有力な競争者が存在し、その競争への影響が大きくないと評価できる場合には、通常、独禁法上問題とならないとされています。

また、舶用工業についても、国境を越えて地理的範囲が画定され、海外に有力な競争者が存在するなど、競争に与える影響が大きくないと評価できる場合には、通常、独禁法上問題とならないと整理されています。他方で、国内で地理的範囲が画定される場合であっても、供給先である造船市場において競争が活発であることから、需要者(造船会社)からの競争圧力が働くと考えられるほか、①当事会社の地位及び競争者の状況、②隣接市場からの競争圧力、③輸入圧力等を総合的に勘案し、競争の実質的制限に該当しないと評価できる場合には、独禁法上問題とならないとされています。

(3)実務上のポイント
本事例に関しても、公取委の従来の考え方と異なる考え方が示されているわけではありませんが、従前は、生産効率の維持・向上等のための方策としては、製造機能をJV等の形で統合する形態が比較的多く見られていたところ、本事例では、設計・調達といった上流機能及び下流機能である営業を統合する一方で、製造については各社が分担して行うという枠組みが示されている点が目を惹きます。

上記の通り、本事例は、造船業及び舶用工業を想定業種・製品とするものであることから、他の事業分野においても同様の考え方をとることができるかは別途検討する必要がありますが、国際競争の中での生産効率の維持・向上等の対応を図ることが課題となっている企業にとって、従来多く見られた手法である製造機能の統合に限定されず、営業・設計・調達機能の統合と製造機能の分担といった手法も選択肢となり得ることを示唆するものであり、実務上注目すべき事例と考えられます。

Ⅴ. 終わりに

本考え方及び本事例集は、経済安全保障の観点から事業者が行う情報交換、共同の取組、企業結合等について、独禁法上の基本的な整理及び判断の方向性を示した点で、実務にとって重要な指針となるものと考えられます。

もっとも、本考え方及び本事例集が示しているとおり、経済安全保障上の要請が存在する場合であっても、独禁法の適用が緩和されるわけではなく、個別具体的な事案ごとに、競争への影響を踏まえた検討が引き続き必要となります。特に、情報交換や企業結合については、本事例集において、輸入圧力、隣接市場からの競争圧力、需要者からの競争圧力等を含めた総合的な分析が求められる点が改めて強調されている点に留意が必要です。

他方で、本事例集においては、調達途絶リスクや市場縮小、過剰供給といった経済安全保障上の課題に直面する中で、一定の条件の下では、企業間の様々な取組について独禁法上直ちに問題となるわけではない場合もあることについて具体的に示されています。この点は、経済安全保障の観点を考慮した事業戦略や業界再編を検討する企業にとって、実務上の選択肢を広げるものと評価できると考えられます。

今後、経済安全保障政策の進展や国際情勢の変化に伴い、企業においては、サプライチェーンの再構築、事業ポートフォリオの見直し、業界再編等を検討する機会が増加することが予想されます。その際には、本考え方及び本事例集における示唆を踏まえ、早期の段階から独禁法上の論点を整理し、適切な対応を検討していくことが重要と考えられます。

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