Ⅰ. はじめに
個人が海外の金融機関を通じて外国通貨や外国通貨建ての有価証券を保有・運用することがあります。このような運用では、円を外国通貨に換えた後、その外国通貨を用いて別の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得することがあり、その際に為替差損益に係る所得税の課税関係が問題となります。
本ニュースレターで取り上げる最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(以下「本判決」といいます。)は、居住者が外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行った場合、①当該取引時に外国通貨の為替差損益(所得)が実現し、当該取引時における他の種類の外国通貨の金額又は同一の外国通貨建ての有価証券の価額の円換算額が所得税法36条1項にいう「収入すべき金額」になるか、②その前提として、そもそも所得の把握を円単位で行うか、すなわち所得の把握について本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うか、それとも、取引で用いられた外国通貨を基準としてよいかという論点について判示しました1。
例えば、米国ドル(以下「ドル」といいます。)により当該ドルに相当するユーロを取得する取引を行った場合、外国通貨は本邦通貨と同様に支払手段であり、当該取引は支払手段のやりとり(単なる両替)にすぎないため、所得が発生しておらず、また、実現もしないと考えることができます。
また、ドルによりドル建て有価証券を購入する場合、外国通貨を基準に所得を把握する2のであれば、下図1のとおり(分かりやすさの観点から、居住者は事業者として貸借対照表を作成していると仮定しています。)、資産の項目が外国通貨(ドル)から外国通貨建ての有価証券に変化するだけであるため、ドルの金額に変更はありません。そのため、純資産の増加は観念できず、所得は発生しないと考えることができます。また、このような場合、ドル建て有価証券を保有する間も依然としてドルの為替リスクを負っているため、資産に実質的な変更がない等と評価して3、所得が実現しないと考えることもできます。
図1:所得をドル単位で把握する場合(貸借対照表の模式図)
本判決は、納税者側の上告受理申立てについて、上告を受理し(上告受理申立て理由の一部は排除されています。)、口頭弁論を開催したものの、原審の結論を維持して上告を棄却しました。しかし、上記2つの論点につき、①上記取引時に所得が実現し、当該取引時における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額が、所得税法36条1項にいう「収入すべき金額」になること、②その前提として、所得の把握を円単位で行うことを最高裁として初めて示しました。他方で、補足意見は、為替差損益に係る所得税法上の定めが不十分であることを指摘していることから、今後の立法的対応に注意が必要です。
Ⅱ. 最高裁判決の概要
1. 事案の概要
上告人は、日本の居住者です。
上告人は、平成26年5月27日、スイス連邦に本店を置く金融機関(以下「本件外国金融機関」といいます。)の自己名義の預金口座に合計105億円を送金し、同年7月18日、本件外国金融機関に資産運用を一任しました。
本件外国金融機関は、平成26年7月から平成27年12月までの間、運用対象資産に属する外国通貨をもって他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引(以下「本件各取引」といいます。)を行いました。上告人は、本件各取引から所得は生じないとの前提で所得税等の確定申告をしましたが、渋谷税務署長は、これらの取引により為替差損益に係る雑所得が生じているなどとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしました。
上告人は、外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得しても、為替変動のリスクはなお存在し、為替差益は確定していないから、未確定・未実現の利益への課税は許されないと主張しました。
2. 判示の概要
(1) 所得の把握を円単位で行うか
本判決は、所得税法が、「所得金額及び所得税額の計算について本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを当然の前提としている」と述べたうえで、「所得税法は所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを予定している」と判示しました。
その理由として、本判決は、①所得税法上の各種所得の計算における控除額が円で表示されていること、②外貨建取引の金額の円換算額を定める所得税法57条の3第1項が存在すること及び③金銭納付の仕組みや国税通則法上の端数計算が本邦通貨を前提にしていること(国税通則法34条1項本文、118条、119条)を挙げています。
なお、本判決が明示するものではありませんが、この帰結として、例えば、1ドル120円で取得したドルしか保有しておらず、それをもってドル建ての有価証券を購入した場合、下図2のとおり、ドルの取得時から有価証券の取得時までに円単位でみた居住者の純資産が増加する(赤枠部分)ため、為替差益に係る所得が発生していると考えることができます。
図2:所得を円単位で把握する場合(貸借対照表の模式図)
(2) 所得の実現時期
本判決は、所得が発生することを前提として、「ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、変動する外国為替の売買相場の下で本邦通貨との関係において変動していたある外国通貨の経済的価値が、上記取引により取得した他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値が流入することによって、ある外国通貨の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となるとともに、上記取引時に他の種類の外国通貨又は上記有価証券に係る権利が収入の原因となる権利として確定する」、つまり上記取引時に所得が実現するから、他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額が、同法36条1項にいう「収入すべき金額」になると判示しました。
この判示により、ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、上記取引時に為替差損益に係る所得が実現することが明らかにされました。
(3) 補足意見
本判決には、林道晴裁判官の補足意見が付され、渡辺惠理子裁判官及び石兼公博裁判官がこれに同調しています。補足意見は、法廷意見に賛同しつつも、現行法の下での解釈論にとどまることを明示し、以下のとおり、為替差損益に係る課税について必要な法的手当てを講ずることが強く望まれると指摘しました。
| 「外国通貨建ての投資や国際取引が日常的に活発に行われている現状において、所得の把握を常に本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うこと自体に問題がないかも含めて、外貨建取引に係る所得税の課税の在り方を改めて検討すべき時期に来ていると考えられる。」 「所得税法独自の観点から、為替差損益に係る課税の在り方について、「収入すべき金額」、収入すべき権利、具体的な所得の計算方法等の在り方、例外的取扱いを認めるのであればその要件や内容について抜本的に検討し、必要な法的な手当てを講じていくことが強く望まれているというべきである。」 |
Ⅲ. 判決の検討
1. 所得の把握を円単位で行うこと
所得の把握を円単位で行うべきかという論点は、一審・控訴審4において独立の争点として明示的に設定されていませんでした。しかし、そもそもの前提として、外国通貨を他の種類の外国通貨と交換する又は外国通貨建ての有価証券を取得するという本件各取引において、為替差損益に係る所得が発生していない場合には、課税処分は取り消されるべきであるため、本判決は、所得の把握を円と 外国通貨のいずれで把握するかという点に関し、所得税法が所得の把握を円単位で行うことを予定している旨を判示しました。
所得税法において、所得を把握するための基準となる通貨に関して、明文の定めはありません。そこで、学説上、外国通貨を価値尺度として把握する可能性も論じられていました5。また、補足意見が指摘するように、外国通貨建ての投資や国際取引を日常的に行う個人については、円のみを基準として所得の発生を把握することになると、外国通貨を用いた取引全てにおいて円換算したうえで、為替差損益の発生の有無を判断する必要があることになり、実務上公平な執行が可能なのかという疑問が存在し得ます。
しかし、本判決が指摘するように、現行所得税法の規定からすれば、本判決が現行法の解釈として円単位で所得を把握すると判示したこと自体は、現行法の枠内では理解できるところではあります。
2. 所得の実現時期
本判決は、ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、ある外国通貨の経済的価値が、取引により取得される他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値が流入することによって、当該取引時に所得が実現すると判断しました。その理論構成は、支払に用いた外国通貨の経済的価値が、取得した上記他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって「固定化」されるという点にあると考えられます。
この点、一審及び原審は、本判決と同様に、結論としては上記取引時に所得が実現すると判示していますが、その理由付けは本判決と異なります。すなわち、一審及び原審は、上記取引時に所得が実現する理由として「本件各取引によって、取引前までに保有していた外国通貨(A)の為替変動リスクに影響されることのない他の種類の外国通貨(B)又は有価証券を取得することができる権利が確定することになる。そして、同権利の確定により、それまでの保有資産のうち上記取得に要した外国通貨(A)の占めていた部分が、新たに保有することになった他の種類の外国通貨(B)又は有価証券に置き換わり、それ以降、外国通貨(A)の為替変動リスクによってその円換算額が影響されない価値として保有されることが確定することになる」旨判示していました。つまり、一審及び原審は、取引前までに保有していた外国通貨の為替変動リスクに影響されることのない他の種類の外国通貨又は有価証券を取得することを根拠として、上記取引時に所得が実現すると解釈していました。
この為替変動リスクという根拠付けについては、ある外国通貨により同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引においては、当該取引により取得された有価証券は、有価証券自体の価値の変動リスクに加えて、当該外国通貨の為替変動リスクにも影響され続けるため、為替変動リスクに関する権利は確定していないのではないかという疑問が呈されていました6。
本判決は、上記為替変動リスクという根拠付けを用いず、外国通貨の経済的価値の「固定化」をメルクマールとして、外国通貨の為替差益に係る所得の実現時期を判断したと考えられます。
3. 支払に用いた外国通貨の取得価額
本判決は、外国通貨の為替差益に係る所得の金額は、取引時における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額から「支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額」等を控除した金額であると述べています。つまり、所得の金額を算出するには、外国通貨の取得価額を計算する必要があります。
外国通貨を1回で取得した場合、外国通貨の取得価額は明確であるものの、複数回にわたって外国通貨を取得した場合、どのように外国通貨の取得価額を計算するかについて、所得税法上、明文の定めがありません。また、本判決も複数回にわたって外国通貨を取得した場合の取得価額の計算方法については言及されていません。
もっとも、本判決に係る一審及び原審7は、複数回にわたり同一種類の外国通貨を取得していた場合、外国通貨は同一種類である限り代替性を有するため、いつ取得した外国通貨を支払に用いたかを個別に特定するのではなく、総平均法に準ずる方法8、すなわち「外国通貨を取得後に初めて支払に供した場合の取得価額を例にとると、それ以前に当該外国通貨を取得した時点ごとにその時点の取引レートによる取得価額の円換算額を足し合わせた合計額を支払に供した時点における当該外国通貨の保有高で除することによって、同時点における当該外国通貨の保有高1単位当たりの円換算額を得る方法」によって取得価額の円換算額を算定することが合理的であると判示していたところです。
例えば、2015年X月X日、1ドル120円で200ドルを取得し、2025年Y月Y日、1ドル150円で100ドルを取得していた居住者が、2026年Z月Z日、100ドル(その当時1ドル160円)をもってドル建ての有価証券を取得した場合、当該ドルの取得価額は、以下の算式に基づいて、13,000円(=130円×100ドル)になります。
| ドルの単価=(120円×200ドル+150円×100ドル)÷(200ドル+100ドル)=130円 外国通貨の取得価額=130円×100ドル=13,000円 |
この場合、居住者は、2026年Z月Z日におけるドル建ての有価証券の取得によって、(160円×100ドル)-13,000円=3,000円の為替差益に係る所得(雑所得)が生じたとして、所得金額が少ない等の理由で確定申告が不要である一定の場合を除き、翌年、所得税の確定申告をする必要があります。
以上のとおり、複数回にわたり同一種類の外国通貨を取得していた場合、外国通貨の取得価額を総平均法に準ずる方法で算出し、所得金額を計算すべきことに留意する必要があります。
4. 残された課題
本判決により、外国通貨を用いて外貨建て資産を取得する場合の為替差損益の課税関係は明らかになりました。しかし、補足意見が指摘するように、この帰結が納税者の予測可能性・法的安定性の観点から妥当であるのか、実務上、公平な執行ができるのかも含めて検討が必要であると思われます。
まず、外国通貨で他の種類の外国通貨を取得する(両替)場合や、外国通貨で同一の外国通貨建ての有価証券を取得した場合に、所得が発生するという点については、通常の納税者には理解しにくいように思われます。また、例えば、日本居住者が海外旅行をする際、初日と2日目にそれぞれ円を外国通貨に両替し、旅行中に当該外国通貨を用いて外国において(高額な)土産物を購入した場面を考えます。本判決によれば、このような場面においても、所得税法上、両日において両替した外国通貨を含め総平均法に準ずる方法に基づいて外国通貨の取得価額を算出したうえで、土産物の価額も購入した時点の為替レートで円換算をし、為替差損益が発生するかを確認する必要があるように思われます。このような場合にまで円を基準として所得を把握することを強いるのか、強いるのであれば、どのように公平な執行を行うのかという疑問が生じます。
また、本判決の補足意見が指摘するように、現行の所得税基本通達57の3-3は、継続的に外貨建取引を行っている一定の者について、個別の取引において円換算するのではなく、一定の時点での円換算を認めるという取扱いを是認しているところ、外貨建取引ごとに円換算して為替差損益を計算する帰結を導く本判決と整合しているのかも問題になり得ます。
補足意見でも述べられているように、外国通貨を用いた取引が拡大する中、納税者の予測可能性・法的安定性を確保した公平な課税の実現を行うため、為替差損益に係る課税について必要な法的手当てを講ずることが強く望まれます。
Ⅳ. おわりに
以上のとおり、本判決は、ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引に関し、円を基準として所得の把握を行うこと、外国通貨の経済的価値が固定化した時に外国通貨の為替差損益が実現することを明らかにした点で重要な意味があります。
もっとも、この帰結が納税者の予測可能性及び法的安定性の観点から妥当であるか、また、実務上、公平な執行が可能であるかについては、なお検討を要するものと思われます。また、補足意見が指摘するように、為替差損益に係る課税について必要な法的手当てを講ずることが強く望まれます。
- 最高裁令和8年6月16日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)第366号・所得税更正処分等取消請求事件、裁判所ウェブサイト)。
- このように外国通貨を基準に所得を把握する可能性を論じる文献として、藤岡祐治「所得の発生と通貨」『市場・国家と法―中里実先生古稀祝賀論文集』(有斐閣、2024年)23~24頁、38~39頁参照。なお、増井良啓「債務免除益をめぐる所得税法上のいくつかの解釈問題(上)」ジュリスト1315号(2006)196頁は、「日本の所得税法は円単位で所得を測定し、税額を算定する。円という通貨は価値を計る物差しであり、機能通貨(functional currency)なのである。」と述べ、最高裁と同様の結論を示している。
- 国税不服審判所平成28年8月8日裁決参照。
- 東京地判令和4年8月31日税務訴訟資料第272号(順号13749)、東京高判令和5年5月24日税務訴訟資料第273号(順号13852)。
- 藤岡・前掲注2、23~24頁、38~39頁。
- 中里実「為替差損益の研究(下)円から換えたドルでドル建て有価証券を取得した場合の課税」税務弘報72巻3号(2024)71頁。
- 本判決の一審及び控訴審判決以外に、東京地判令和5年3月9日(令和2年(行ウ)第323号・所得税更正処分等取消請求事件、裁判所ウェブサイト)等が、複数回にわたり同一種類の外国通貨を取得していた場合、支払に用いた外国通貨の取得価額は総平均法に準ずる方法で算出するのが合理的であることを述べている。
- 所得税法施行令118条1項参照。