Ⅰ. はじめに
2025年1月に米国でトランプ政権が発足し、米国におけるESGの動きが後退して以降、EUにおいてもEUのグリーン・ディール関連立法はEU域内の企業にとってグローバル競争に不利となる重い負担であるとの見方が強くなり、業界から規制の簡素化や撤廃を要求する声が挙がっています。さらに2024年の欧州議会選挙において中道左派や環境派の勢力が議席を減らしたことも重なり、第二次フォン・デア・ライエン委員会は、CSDDDやCSRDなどの欧州グリーン・ディール政策の主要立法について下方修正を進めています。
EU森林破壊フリー規則(EUDR)も例外ではなく、2025年4月15日、欧州委員会は規制の簡素化・明確化を目的としてガイダンス及びFAQを更新するとともに、これらの取組みをさらに推し進めるための委任法令(Delegated Act)について意見募集を実施しました。また、同年5月22日に公表された実施規則(Implementation Regulation)では、各国の森林破壊リスクの分類が明らかになりましたが、多くの国が簡素化されたDDを実施すれば足りるとされる低リスク国に分類されました。
本号では、EUDRの概要について簡潔に説明し、簡素化措置の内容等を概説しつつ、EUDRを国際通商法との整合性の観点から検討します。
Ⅱ. EUDRの概要
EUDRは、世界的な森林破壊・森林劣化に対してEUが与える影響を軽減するため、その前身であるEU木材規則(EU Timber Regulation)から対象を拡大し、木材だけではなく牛、カカオ、パームオイル、ゴム、大豆、木材及びこれらの関連製品(下表参照)をEU市場に上市又はEUから輸出する事業者及び取引業者に対して、DDの実施・報告等を義務付けるものです1。
商品 | 関連製品(例) |
牛 | 牛肉、牛革 |
カカオ | カカオ豆、ココアパウダー、チョコレート |
コーヒー | コーヒー、コーヒーの殻 |
パームオイル | パームオイル、グリセロール(純度95%以上)、パルミチン酸、ステアリン酸、それらの塩及びエステル |
ゴム | 天然ゴム、配合ゴム、タイヤ |
大豆 | 大豆、大豆ミール、大豆油 |
木材 | 丸太、おがくず、木炭、合板、印刷物、家具 |
対象産品や関連製品をEU市場へ上市又はEUから輸出するためには、対象産品や関連製品について、①森林破壊がないこと(森林破壊フリー要件)、②生産国の関連法令に従い生産されたものであること(合法性要件)、③①②についてのデューディリジェンス報告書の提出、という3つの要件を満たす必要があります。
Ⅲ. EUDR簡素化措置
欧州委員会は、2025年4月15日、(1)EUDRのガイダンス2とFAQ3を更新するとともに、(2)委任法令案について意見募集4を行いました。これらにより、企業の事務コストや負担が30%削減される見込みであるとしています。
以下では、(1)FAQの更新と(2)委任法令案についてその概要をご紹介します。
(1)FAQの更新
今般更新されたFAQの主要なポイントは以下のとおりです。下記IV.のとおり多くの国がEUDRに基づき簡素化されたDDを実施すれば足りるとされる低リスク国に分類されたこととも相まって、企業が提出しなければならないデューディリジェンス報告書(DDS)の件数が大幅に削減されることが想定されており、業界からの要望に応える内容となっています。
1. 下流の非中小企業の義務の簡素化(FAQ 3.4) |
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2. 再輸入者におけるDD義務の軽減(FAQ 5.4) |
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3. 認定代理人によるDDS提出方法の整備(FAQ 5.2.1) |
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4. DDSは最大1年間にわたって複数の出荷を対象とすることができる(FAQ 5.19) |
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(2)委任法令案の概要
欧州委員会は、関連製品として規定されるCNコード6の範囲を修正し、附属書Iを改正する委任法令を採択する権限を与えられています(34条5項)。今般公表された委任法令案は、附属書I記載のCNコードを修正することにより、EUDRの適用範囲についてさらなる明確化と簡素化を図るものです。
委任法令案により明確化されている主なポイントは以下のとおりです。
- 附属書Iにおいて「パームオイル」及び「ゴム」の関連製品として記載された複数のCNコードは、対象産品ではない原材料からも製造され得るものの、対象産品を使用して製造された場合に限ってEUDRの適用対象となること
- 竹、籐、その他の木質性材料(woody nature)のみで作られた製品は、「木材」区分の関連製品であってもEUDRの適用対象とならないこと7
- Directive 2008/98/EC 3条1号で定義される「廃棄物」、「中古品」及び「使用済み製品」は、EUDRの適用範囲外であること
- 製品のサンプルや検査・分析・試験を受ける製品はEUDRの適用範囲外であること
- 繰り返し使用可能であり、他の製品を支持・保護・運搬する目的で使用・提供される包装材・容器は、そのような目的に供された時点からEUDRの適用対象外となること
Ⅳ. 各国別リスク分類
欧州委員会は、2025年5月22日、EUDR 29条2項に基づき、各国の森林破壊リスクの高低を定めた実施規則8を発表しました。生産国は、森林破壊フリーでない産物が生産されるリスクの度合いに応じて、3つのカテゴリー(高リスク国、標準リスク国、低リスク国)に分類され、低リスク国に分類された国のみから調達を行う場合には簡素化されたDDのみ実施すれば足ります(13条)。この場合、事業者は、森林破壊フリー要件や合法性要件の不適合や迂回リスクを示す情報を認識した場合にのみ、詳細なリスク評価(10条)を行う必要があります。
具体的には、日本、EU加盟国、英国、米国、豪州、ニュージーランド、中国、韓国等140か国が「低リスク国」に指定されました。他方、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、ミャンマーの4か国は「高リスク国」、その他の国(ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、インドネシア、マレーシア等)は「標準リスク国」とされています。
なお、2025年7月9日、欧州議会は、本規則の撤回を求める動議を賛成多数で採択しました。欧州委員会にはこの動議に従う法的義務はありませんが、更なる簡素化を求める声が高まっているとの報道もあり、今後の対応が注目されます。
Ⅴ. 通商法の観点からの検討
EUDRは一定の要件を満たさない物品のEU市場への上市等を禁止するものであることから、EUとその他の国々の貿易関係に影響を与えうるものであり、世界貿易機関(WTO)のルールとの整合性が問題となり得ます9。本号では、関税及び貿易に関する一般協定10(GATT)の各規定及び貿易の技術的障害に関する協定11(TBT協定)との整合性12について検討します。
(1)GATTの各規定との整合性
ア GATT 1条、3条、11条にかかる検討
GATT 1条及び3条は、WTOの根幹をなす「非差別原則」を具体化しています。すなわち、1条(一般的最恵国待遇)は、締約国に対し、ある貿易相手国の「同種の産品」に対して、他のいかなる国よりも不利な取扱いをしてはならないことを求めています。また、3条(内国の課税及び規則に関する内国民待遇)は、締約国に輸入された産品が、同種の締約国内産品と比べて不利な取扱いを受けないようにすることを求めています。
EUDRは、EU域内で生産された産品にも、域外で生産された産品にも等しく適用されることから、形式的には特定の国を標的とするものではなく、EU産品に有利な取扱いを与えるものでもありません。もっとも、EUDRには、上記IV.のとおり、リスクの高低に基づく国別ベンチマーク制度が採用されている点に注意が必要です。ベンチマーク制度において「高リスク」と指定された国は、EU市場への輸出に際してより厳しい審査が課され、また当該審査によって流通の遅延や支障がもたらされることが想定され、これにより、原産地に基づく不利な取扱いがされているとして最恵国待遇違反を主張される可能性があります。さらに、法令上(de jure)は特定の加盟国の産品を差別しているわけではないとしても、EUDRの実際の運用において、EU域外で生産された産品がEU産品と比べて不利に扱われるような結果を招いているとして、事実上(de facto)の差別であると主張される可能性もあります。
また、GATT 11条(数量制限の一般的廃止)は、輸入又は輸出に対する関税その他の課徴金以外の輸出入制限を広く禁止しており、WTO加盟国が関税その他の課徴金を除き、割当等の措置による禁止や制限を実施してはならないと規定しています。EUDRは一定の要件を満たさない対象品目についてEU市場に流通させることを禁止するものであり、数量制限その他の輸出入制限であると主張される可能性があります。
イ GATT 20条による正当化の可能性
GATT 20条(一般的例外)は、GATTの規定に違反する貿易制限措置であっても、それが①同条に掲げる一定の正当な政策目的の達成に必要であり、かつ②「同様の条件の下にある諸国の間において任意の若しくは正当と認められない差別待遇の手段となるような方法で、又は国際貿易の偽装された制限となるような方法で」適用されない限り、締約国がそのような措置を採用することを認めています。これらの正当な政策目的には、「(b)人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」や「(g)有限天然資源の保存に関する措置」などが含まれます。
EUDRは、森林破壊の防止及び生物多様性の喪失や温室効果ガス排出の防止を目的としている(1条1項)ため、(b)に該当する可能性があります。また、先例では、大気環境の保全が(g)における「有限天然資源」に該当すると認められており13、EUDRの目的である森林保全等も(g)に該当し得ると考えられます。
したがって、EUDRが、これらの目的に照らして必要な範囲で、かつすべての貿易相手(EU加盟国を含む。)に対して等しく公平に適用される場合には、GATT 20条によって正当化される可能性があります。他方で、高リスクの分類プロセスが不透明であったり、他の不当な目的の隠れ蓑としてEUDRが適用されたりした場合には例外規定の適用要件を満たさず、WTO協定違反を構成する可能性があります。
(2)TBT協定整合性
TBT協定は「強制規格14」、すなわち、製品の特性や関連する工程・生産方法についての強制的な規則に適用されます。典型的な例としては、製品の安全基準や表示要件、成分規格などがこれに該当するところ、EUDRも、対象製品について①森林破壊がないこと(森林破壊フリー要件)、②生産国の関連法令に従い生産されたものであること(合法性要件)等を求めるものであり、工程・生産方法についての要件を定めるものであると考えられます。
TBT協定2.1条は、WTO加盟国に対し、強制規格に関し、同種の国内産品と比較して輸入品を不利に扱ってはならず、また異なる原産国からの同種の輸入品同士でも不利に取り扱ってはならないことを定めています。上記(1)のとおり、EUDRは法的には輸入品と域内製品の双方を平等に適用対象としており原産国によって不利な取扱いを定めるものではありませんが、国別リスク分類の適用によって生じる扱いの差異は、TBT協定2.1条の禁止する差別に事実上該当するとして争われる可能性があります。
もっとも、先例15によれば、輸入品への不利な影響が「規制上の正当な区別(legitimate regulatory distinction)」のみを理由として生じている場合には違法な差別にはならないと解釈されています。したがって、国別リスク分類が適切・公平になされており、その結果として、「高リスク国」から輸入した製品は森林破壊に関係している可能性が高いためにより厳格な審査が求められる一方、「低リスク国」からの製品はその可能性が低いことからより軽度な審査で十分といえるのであれば、国別リスク分類の適用によって生じる扱いの差異はTBT協定2.1条に直ちに違反するものではないと考えられます。
さらに、TBT協定2.2条は、「正当な目的を達成するために必要以上に貿易を制限してはならない」ことを規定しています。EUは、TBT協定2.2条違反を主張する申立国から、EUDRによる各措置が、森林破壊の抑止という目的にとって必要以上に貿易制限的であるという主張を受ける可能性があります。
Ⅵ. おわりに
本号では、2025年12月30日に適用開始となるEUDRにつき、直近の動向をご紹介するとともに通商法の観点からの検討を行いました。
情報システムの開設やガイダンス・FAQのアップデートによりEUDR遵守のために必要とされる義務の内容が明らかになってきた一方、EUにおける環境関連施策は先行きが不透明な状況です。
規制簡素化や撤廃を求める声は各所から挙がっており、例えば、2024年9月に欧州委員会に提出されたドラギ報告書16は、米中に対抗していくための競争力強化の必要性に言及した上で、そのためにはEU規制の簡素化が必須であると強調しています。また、トランプ政権による一方的な関税政策やウクライナ問題をはじめとする地政学リスクにより、EUは域内産業保護を重視せざるを得ない状況にあります。
他方で、特に米国の動き次第では将来的に今回公表された緩和措置が縮小される可能性もあり、米国をはじめとする各国の政策にも目を配りつつ、EUDR等のEU環境法令の動向には引き続き注視する必要があります。
- EUDRの概要についてはENVIRONMENTAL LAW BULLETIN 2024年10月号(Vol.9)及びENVIRONMENTAL LAW BULLETIN 2024年11月号(Vol.10)をご参照ください。
- Updated Guidance Document for Regulation on Deforestation-Free Products。改訂されたガイダンスでは主に申請スケジュール等の明確化が図られています。
- https://circabc.europa.eu/ui/group/34861680-e799-4d7c-bbad-da83c45da458/library/e126f816-844b-41a9-89ef-cb2a33b6aa56/details
- https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/14655-EU-rules-to-minimise-deforestation-forest-degradation-amendment-of-Annex-I-to-the-Deforestation-Regulation_en
- The Information System of the Deforestation Regulation - European Commission
- CNコードとは、貨物を輸出入する際に用いる品目分類番号で、世界共通で用いられるHSコード(6桁)にEU独自の下位分類を加えた8桁の番号です。
- 委任法令案 前文(3)では、竹、籐、その他の木質性材料のみで作られた製品もEUDRの対象とされているものの、委任法令案は簡素化を目的としていることに鑑みれば、附属書に従い、EUDRの適用対象外と考えるのが合理的と思われます。
- Register of Commission Documents - C(2025)3279
- 例えば、WTO加盟国であるインドは、2024年2月、WTO閣僚会議においてEUDRを含むEUの環境施策が一方的な貿易障壁となり得るとして懸念を表明したことが報じられました。
- 関税及び貿易に関する一般協定|外務省
- 貿易の技術的障害に関する協定 本文|外務省
- EUは、2023年からEUDRのドラフトをWTOのTBT委員会に通知しているところ、複数の国から懸念が表明されています(WTO Trade Concerns)。
- United States - Standards for Reformulated and Conventional Gasoline, WT/DS2/AB/R, 29 April 1996, p.19
- 「強制規格」とは、「産品の特性又はその関連の生産工程若しくは生産方法について規定する文書であって遵守することが義務付けられているもの(適用可能な管理規定を含む。)。強制規格は、専門用語、記号、包装又は証票若しくはラベル等による表示に関する要件であって産品又は生産工程若しくは生産方法について適用されるものを含むことができ、また、これらの事項のうちいずれかのもののみでも作成することができる。」と定義されています(TBT協定 附属書一)。
- United States – Measures Affecting the Production and Sales of Clove Cigarettes, WT/DS406/AB/R, 4 April 2012, para.174.
- The future of European competitiveness