Ⅰ. 性的スキャンダルに対して厳しい目が向けられる今
近年、有名企業の様々な不祥事がメディアに取り上げられる中、これまで明るみに出づらかった企業トップ・マネジメント層による性的スキャンダルが度々報道されるに至っています。それに伴い、少なくない企業人が辞任・解任などにより、組織から「退場」するに至っています。
こうした流れの要因には、人々のコンプライアンス意識の高まりに加え、ジェンダー観の変化を受けたセクシャルハラスメントや女性問題に対する世間からの風当たりの強さがあります。
「性的スキャンダル」と一口に言っても、以下のとおり、その内容は多種多様です。

企業のトップ・マネジメント層による不祥事は、センセーショナルなものとしていつの時代も人々の注目を集めてきました。しかし、「性的スキャンダル」に関しては、あくまでプライベートな問題であるとして企業が真正面から向き合う場面は少なかったと言えます。
オンライン上の発信の影響力・伝播力の強さを背景に、企業幹部による「たった一度」の問題行動が企業に大きなレピュテーションダメージを与え、時として企業製品の不買運動や企業株価の下落を引き起こすこともあります。性的スキャンダルは、企業価値に直結し得る「向き合うべき課題」となりつつあります。
性的スキャンダルに対して厳しい目が向けられる今、社会が企業に求める姿勢・内容も変化しています。それゆえ、企業としては、性的スキャンダルを「プライベートな問題である」と遮断せず、また「何かあれば対応する」という受け身の対応だけでは足らない時代に入っています。平時から性的スキャンダルというリスクを認識し、一定の対応策を備える(下記Ⅱ.)と共に、万が一発生してしまった際の有事の動き(下記Ⅲ.)についても予め十分に整えておくことが重要です。
Ⅱ. 平時の対応~起きる前から性的スキャンダルのリスクを低減~
性的スキャンダルの多くが業務時間外で生じることや性的であるがゆえに「触れづらい」イメージを抱きやすいことから、これまで平時から積極的に対応策を講じてきた企業はそれほど多くありません。
それゆえ、以下に述べる平時の対応も必ずしも一般的なものではありませんが、昨今の風潮を踏まえ述べてみたいと思います。
1. 「一発退場」リスクの周知
コンプライアンス意識の高まりやジェンダー観の変容を念頭におけば、性的なインシデントについて「昔は許されていた」とか「励ます気持ちだった」というのは言い訳になりません。
些細な言動が一瞬にして自身の地位や信用を失墜させ、組織から「一発退場」となるリスクがあることを平時から強く意識すること、意識してもらうことが必要です。
性的スキャンダルを起こした主体に対する実際の処分内容や企業のレピュテーション低下といった具体的な他社事例を、役員向けコンプライアンス研修等で周知することも有益です。また、より生々しく、万が一性的スキャンダルを起こした際に、自分が一体何を失うのか、企業や社会にどのようなインパクトを与えるのか、具体的に伝えることも一案です。中でも「刑事リスク」、すなわち、逮捕されたり、前科が付く可能性、そしてその事実がニュース報道されるリスクについてしっかり説明することは有効な抑止力になります。
2. zero tolerance(ゼロ・トレランス)の意識
企業として、性加害や性的嫌がらせを一切許容しない、つまり、zero tolerance(ゼロ・トレランス)であることの徹底も重要です。これは、社内の人間から、「(業績を残し続けている)自分だけは大丈夫」、「うちの会社ならこれくらいのことは大目に見てもらえる」といった誤解・甘えを排することが目的です。
また、企業として、zero toleranceであることを前提とした社内規律の構築も重要です。性的スキャンダルをプライベートな問題として忌避せず、事実が確認された場合には厳格な処分を科すことを明記する社内規程を定めるとともに、そうした事案が実際に発生した際には、迅速に処分決定を行う運用を構築することが考えられます。
具体的には、企業トップ・マネジメント層において、性的スキャンダルも念頭に、プライベートな事項を含むコンプライアンスイシューが確認された場合に、どのような手続で問題を調査し、処分を決めるのかを平時からしっかりと議論し、考えておくことは有効です。その中で、会社としては重みのある対応をすることをあらかじめ周知しておくことで牽制効果を期待できます。
3. 「宴席コンプライアンス」に取り組む
わが国では、宴席を含む飲食の機会が、社内外でのコミュニケーション増進に重要な役割を担っています。「飲みニケーション」の在り方は変わってきていますが、今も飲み会、食事会、宴会etc.は、チームビルディング・意思疎通の重要な方法の一つとして存在します。
そうであるからこそ、人間関係構築を求める集いで社内に亀裂を生じさせることは絶対に避けたいところです。しかし、残念ながら、当職らがお受けする様々なご相談の中では、性的スキャンダルが宴席の場面で発生することが少なくありません。
実際の事例でも、企業トップ・マネジメント層が、宴席の場にて、①差別的と捉えられる発言(「事務の女性」、「お茶くみの女の子」、「女性には営業はムリ」等)を行う、②男女関係を迫る、③異性に抱きつく・身体を触るなどの問題行為を行ったことを理由に、辞任・解任に至ったケースがあります。トップ・マネジメントによる言動、例えば、飲酒の勧め(「もう一杯くらい飲んだら」、「もう一軒付き合って」等)や、不適切な身体的接触を行った場合には、その立場の優位性が要因となり、被害者側においてこうした言動に抵抗することが難しい場合があることが容易に想像され、厳しく処分される傾向があります。
また、企業トップ・マネジメント層に限らず、飲酒経験の浅い若手従業員が、宴席の場で所謂「アルハラ」を含むトラブルに巻き込まれるケースもあります。
宴席の場は酩酊や「無礼講」を言い訳にしてエスカレートが生じやすいことや、どのように飲酒するかはそもそも各人の自由に委ねられていることなども念頭におきながら、通常とは異なる頭のひねり方を伴うコンプライアンス施策が求められます。
他方で、我々は広い意味での自由主義社会に身を置いており、プライベートまで厳しく規制・監視されるような企業で働きたいとは思っていないこともまた事実です。例えば、男女1対1での飲食の一律禁止や、飲酒を伴う会食・懇親会の禁止を企業として命じるような、プライベートにおける自由な社交までも制限する措置は、法的有効性と社員のモチベーションのいずれの観点からも疑問が生じ得ます。
こうした悩みがある中で、社内の飲酒を伴う懇親会におけるルールをあくまでガイドラインとして策定して周知し、宴席の場における性的スキャンダルを防止する仕組みづくりを行うことが考えられます。
例えば、いずれもcontroversial(想定される賛否両論も【 】内に書いてみました。)であることは所与の前提として、以下はガイドラインの内容の一案となろうかと思います。
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実例においても、懇親会におけるセクシャルハラスメントが原因となりトップが解任されてしまった企業において、当該企業内で過度な飲酒を抑止する仕組みが講じられていなかった旨の外部専門家からの分析・評価があったことを受け、取締役の会食出席時のルールや取締役に同席する者・同行する者のルールが新たに制定された事例もあり、上記ガイドラインの例として挙げた内容も検討に値すると考えます。
Ⅲ. 有事の対応~起きてしまった後に求められる動き~
性的スキャンダルの多くの類型には、被害者と加害者が存在します。そのため、実際に企業内で疑いが発覚した場合や、マスコミやSNSによって当該事案に係るリークが行われた際には、様々な点に配慮した迅速かつ適正な対応が必要です。
1. 被害者の保護
本来、プライバシーが厳重に守られるべき立場にある被害者が、SNS等で特定され、社内外の好奇の目に晒されたり、いわれのない誹謗中傷を受けるなどの二次被害に遭うケースもあります。また、企業トップ・マネジメント層の性的スキャンダルにおいては、企業がレピュテーションリスクを気にするあまり、被害者の保護が二の次となってしまったケースもみられます。
とりわけ、性的問題においては、被害者の保護が極めて重要です。特に、被害者が社内の人物である場合には、被害者の特定に繋がり得る情報が絶対に漏洩しないよう、情報共有の範囲には細心の注意を払う必要があります。
例えば、性的スキャンダルに係る不祥事事案の情報共有自体を法務部・コンプライアンス部や、調査チームなどの守秘義務を課したメンバーに限定した上で、被害者の個人情報の取り扱いについては更に一定の役職者に限定する等の対応が有り得ます。加えて、社内規程等において、被害者のプライバシーが厳守されることに加え、申告内容によって不利益な取り扱いがなされないことを明記して周知するとともに、性的スキャンダルに伴う被害者からのヒアリングにおいても、その旨を改めて伝達するといった配慮を行うことも考えられます。
2. 迅速な事実確認
性的スキャンダルの疑いが発覚し、そのスキャンダルが事実であると確認された場合、企業が対応の遅れを非難されることがないよう、まずは迅速な事実確認を進めることが必須です。
この点、性的スキャンダルは、二人きりの場面で発生するケースが多いことや、被害者が被害申告や「オオゴト化」を躊躇する傾向にあります。「性的」という事象の性質に加え、加害者が企業トップ・マネジメント層である場合には被害者が声を上げることの負の影響を恐れるがため更にその傾向が強まることもやむを得ません。こうしたこともあり、他の不祥事事案に比べ、事実確認には相応の困難が生じます。
現実には、1.の被害者の保護と2.の迅速な事実確認の要請がバッティングする事例が多くあります。被害者の精神的な状況から事実確認が進まない場合などが典型でしょう。
当然、迅速な事実確認を被害者の保護に優先させることは困難ですが、その場合でも、ステークホルダーに対し、時間を要したのが真に被害者の保護のためであるとしっかりと説明責任を果たせるような動き、状況分析が不可欠となります。「被害者保護を口実に会社を守ろうとした、隠蔽した」というような評価は絶対に回避しなければなりません。
3. 当事者の処分
性的スキャンダルの疑いが発覚し、そのスキャンダルが事実であると確認された場合、企業は当事者(加害者)の処分を検討する必要があります。
事案の内容によっては、単なる降格や役員報酬の減額・返還等では処分が軽すぎるとの批判を受けることも想定され、社会の反応も予想した上で、他社事例も踏まえた慎重な検討が求められます。
この点、様々なご相談をお受けする中で、皆さんが悩まれているのが、社外のプライベートエリアにおける不倫やパパ活などの性的スキャンダルをどのように処分するか、という点です。こうした必ずしも刑事犯罪とまでは評価できない不倫やパパ活といった行為への対応については、企業として非常に頭を悩ませることになります。今の社会情勢からして、こうした類型を完全なプライベートの問題と切って捨てることもできず、報酬返上・降格・辞任勧告・解任など様々な対応が理論上あり得る中で、顧客・投資家を含むステークホルダーへの説明責任を念頭に慎重な判断を下していくことになろうかと思われます。
4. 公表の是非・態様の判断
企業トップ・マネジメント層の性的スキャンダルにおいて、企業が当該事案の公表を行うか否かの判断を求められる際は、公表の要否及びその内容について、事案の軽重、被害者保護、社会的注目度、刑事手続の状況、週刊誌等マスコミによる報道内容を踏まえ、ケース・バイ・ケースの検討が必要となります。
例えば、刑事犯罪にも該当し得る重大事案の場合には、後日対応の遅れを指摘されたり、企業による隠蔽を疑われたりすることがないよう、社内での処分が決定され次第、速やかに公表するという方法論が想起されます。しかし、この場合とて、被害者のプライバシー保護は徹底しなければなりませんし、刑事捜査を阻害するようなことがあってもなりません。また、社外での不倫やパパ活などの男女問題については、プライベートな問題であることや、企業と無関係の私人が関係することから、内容に亘る具体的な言及は避け、対象者の処分のみを公表するという流れも考えられます。この場合でも、企業が具体的な処分理由が「男女問題」にあることを公表しなかった場合に、事後的にそうした処分理由が発覚し、かえって大きなレピュテーションリスクに繋がるケースもあります。
近時、企業のトップ・マネジメント層の私的な男女問題について、企業による公表時に男女問題が処分理由であることを明記した事例もみられます。トップ・マネジメント層といえども、未だ明るみに出ていないプライベートな問題についてどこまで踏み込んで公表するかというのは非常に難しく慎重な検討が必要ですが、当事者とも協議の上、先手を打って公表する対応も十分に採り得る一手といえます。
Ⅳ. 最後に~不幸な結末を減らすために~
性的スキャンダルの事案では、企業トップ・マネジメント層による、一度の発言、一度の行動が、本人の地位や信頼だけでなく、企業のレピュテーションまでをも一瞬にして失墜させかねません。また、自社のトップ・マネジメント層が性的スキャンダルを起こしたという事実の、従業員の愛社精神やモチベーションへの負の影響も計り知れません。
今の世の中の風潮を性的スキャンダルに対する「オーバーコンプライアンス」ではないかとお感じの方もいらっしゃるかもしれません。属人性を多分にはらみ、また、公私の境界が曖昧なこの問題に企業としてどこまで取り組む必要があるのかという声もあろうかと存じます。
ただ、本ニュースレターの真意は、(現在の風潮が過度かどうかという評価は脇に置き)一定の趨勢がある中で、企業にとって本来欠かせない人材の「退場」という誰にとっても不幸な結末を減らすことができたら、という点にあります。
企業/組織のために日々仕事に取り組む多くの方々にそのような事象が生じないようにするための仕組みづくり・予防策の一助となれば幸いです。