Ⅰ. はじめに
犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(以下「犯収法施行規則」といいます。)について、2026年3月27日、「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令(案)」が公表1され、同年4月27日まで、パブリックコメントの募集が行われました。
本改正は、「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」(2025年4月22日犯罪対策閣僚会議決定)において、預金取扱金融機関間で不正利用口座に係る情報を共有する枠組みの創設が盛り込まれたことを受け、当該枠組みを制度的に裏付けるものです。近時、特殊詐欺やSNS型投資詐欺等においては、複数の預貯金口座等が関与する形で犯罪が行われる実態があり、不正利用者の情報を預金取扱金融機関間において共有し、速やかに口座凍結を行う必要性について指摘されています2。
もっとも、従来、金融機関間で不正利用口座に関する情報を共有することについては、個人情報保護法における第三者提供規制との関係から、その適法性が必ずしも明確ではありませんでした。特に、為替取引分析業者(例えば、株式会社マネー・ローンダリング対策共同機構)への情報提供については、個人データの取扱いの委託として整理することが可能である一方で、当該情報を他の金融機関の取引モニタリング等に利用することはできませんでした。このような状況を踏まえ、本改正では、犯収法11条4号に基づく措置の具体化として、預貯金取扱事業者に対し、不正利用口座に関する情報を他の預貯金取扱事業者に提供し、また、当該情報を分析して必要な措置を講ずることを求める規定が新設されています。これにより、当該情報提供は「法令に基づく場合」として整理することが可能となり、従来課題とされてきた個人情報保護法上の制約をクリアしつつ、預貯金取扱事業者間の情報連携を制度的に可能とする点に本改正の大きな意義があります。
本ニュースレターでは、本改正のうち特に実務への影響が大きい犯収法施行規則32条の改正を中心に、その内容及び法的論点を整理するとともに、預貯金取扱事業者をはじめとする関係事業者における実務対応の方向性について検討します。
Ⅱ. 改正の概要
1. 犯収法施行規則32条2項の新設
(1)情報提供義務の新設
預貯金取扱事業者は、特殊詐欺等の金融犯罪やマネー・ローンダリング等に利用され、又はそのおそれがあると認めた預貯金口座に関する情報について、適正な取扱い及び安全管理措置を講じた上で、他の預貯金取扱事業者に提供することが求められます(改正犯収法施行規則32条2項1号)。提供の対象となる預貯金口座は、犯罪等に「利用された」場合に限られず、「利用されるおそれがあると認めた」場合も含まれており、各預貯金取扱事業者の取引モニタリング等で検出された不芳情報が、比較的広い範囲で対象となり得る点が特徴です。また、提供される情報の内容については、「取引時確認等の措置」(取引時確認、取引記録等の保存、疑わしい取引の届出等の措置)を行うに際して必要なものとされており、本人特定事項に限らず、取引時確認に係る情報全般に加えて、情報提供の対象と判断した具体的な取引の内容等も含まれ得ると解されます。
(2)情報の分析・活用義務
預貯金取扱事業者は、他の預貯金取扱事業者から提供を受けた情報を整理及び分析し、必要に応じて、犯罪による収益の移転防止のために必要な措置を講ずることが求められています(改正犯収法施行規則32条2項2号)。具体的には、預貯金取扱事業者においては、他の預貯金取扱事業者から提供を受けた情報を自らの顧客のリスク評価や取引モニタリングに活用した上で、金融犯罪やマネー・ローンダリング等に利用されているおそれのある預貯金口座が検出された場合には、取引制限、口座凍結、解約等のリスク低減措置を講じることが求められます。
2. 対象事業者の範囲
本規定の適用対象は、犯収法2条2項1号から15号まで及び37号に掲げる特定事業者、すなわち預貯金取扱事業者に限定されています。そのため、銀行等の預金取扱事業者間における情報共有が制度上の対象とされている一方で、資金移動業者や暗号資産交換業者等は、本規定に基づく情報提供義務の直接の対象とはされていません。
他方で、近時の犯罪収益移転の態様として、預貯金口座のみならず、資金移動サービスや暗号資産口座等が利用される事例が指摘されていることを踏まえると、これらの業態を含めた情報連携の在り方についても、今後の制度上の検討課題であると考えられます。本改正は、預貯金取扱事業者間の情報共有について法令上の根拠を明確化するものである一方で、資金移動業者や暗号資産交換業者が同様の情報共有を行おうとする場合には、本改正のような法令上の明確な根拠を欠くことから、個人情報保護法上の第三者提供規制との関係で、その適法性の整理に直面することになるためです。
また、金融庁が公表した主要行等向け監督指針の改正案(以下「改正監督指針」といいます。)においては、犯収法施行規則32条2項1号の規定に基づく情報提供を目的とする枠組みとして、全国銀行協会の100%出資子会社である株式会社マネー・ローンダリング対策共同機構(以下「機構」といいます。)が運営する不正利用口座の情報共有スキームへの参加を含め、預貯金口座の不正利用防止に係る対応を検討し、必要な措置を講ずることが求められる旨が示されています。このため、預貯金取扱事業者においては、当該共同機構を通じた情報共有枠組みへの参加を前提とした実務運用が想定されています。
このように、本改正は、まず銀行等の預貯金取扱事業者間における情報共有を制度化するものである一方で、預貯金取扱事業者以外の特定事業者との間に制度上のギャップを生じさせる可能性があり、今後の規制の拡張や業界横断的な連携の在り方についても注視する必要があります。
3. 安全管理措置
預貯金取扱事業者は、他の預貯金取扱事業者への情報提供にあたり「当該預金又は貯金口座に関する情報の適正な取扱い及び安全管理のために行う措置を講じた上で」提供することが求められています(改正犯収法施行規則32条2項1号)。もっとも、実務上は、預貯金取扱事業者が個別に安全管理措置を講ずるというよりも、機構を介した情報集約・分析の枠組みが構築されることが想定されます。このため、「適正な取扱い及び安全管理措置」の具体敵内容は、機構における情報の取得・管理・分析・還元に関する仕組みを預貯金取扱事業者間で協議しながら検討されていくことが見込まれます。
例えば、機構においては、複数の預貯金取扱事業者から多量の情報提供を受けながら、整理・分析を行う必要があることから、情報の取扱いに関する一定の標準化や安全管理の枠組みが整備されることが想定されます。例えば、預貯金取扱事業者から提供される情報の範囲や項目について統一的なフォーマットが定められることにより、データの標準化と分析の実効性の確保が図られることや、情報共有のための具体的な手続やフロー等の整備が行われることで、安全な情報の授受が担保されることが予想されます。
また、取得した情報の管理に関しては、保存期間の設定、利用目的の限定、アクセス権限の管理、ログの取得・監査、再提供の可否等について、内部的な管理ルールが整備されることが想定されます。さらに、分析結果を預貯金取扱事業者に還元することを前提とすれば、その正確性の確保や誤検知が生じた場合の対応プロセスについても、一定の運用ルールが定められることが期待されます。
このように、「適正な取扱い及び安全管理措置」は直接的には預貯金取扱事業者側に課される義務であるものの、その実効性は、預貯金取扱事業者と機構が協議の上、情報共有・分析の枠組みを構築していく必要があるといえます。
4. 個人情報保護法との関係
冒頭でも触れたとおり、改正犯収法施行規則32条2項に基づく情報提供は、個人情報保護法との関係でも重要な意味を有します。すなわち、同項に基づき預貯金取扱事業者が他の預貯金取扱事業者に対して口座情報を提供する場合、当該行為は原則として個人データの第三者提供に該当することから、個人情報保護法27条1項に基づき、本人の同意が必要となるのが原則です。
もっとも、同項各号は一定の場合において本人同意を不要とする例外を定めており、その一つとして「法令に基づく場合」(同項1号)が規定されています。改正犯収法施行規則32条2項は、犯収法11条4号に基づく措置の具体化として、預貯金取扱事業者に対し情報提供及びその活用を求めるものであり、当該規定に基づく情報提供は、この「法令に基づく場合」に該当するものと解されます。
この点に関し、犯収法11条4号及びこれを受けた犯収法施行規則32条2項は、いずれも「努めるものとする」と定められていることからいわゆる努力義務にとどまると解されます。しかしながら、これらの規定に基づく努力義務に関しては、個人情報保護法における「法令に基づく場合」に該当し得る旨の解釈が、過去のグレーゾーン照会制度3の回答で示されていることも踏まえると、本改正により新設された改正犯収法施行規則32条2項に基づく情報提供についても同様に適用対象となるものと解することが可能であると考えられます。
したがって、預貯金取扱事業者が行う情報提供は、本人同意を取得することなく実施することが可能となり、従来問題とされていた預貯金取扱事業者間における情報共有の個人情報保護法上の制約は、基本的に解消されることになります。
もっとも、同号の適用が認められる場合であっても、提供される情報の範囲は当該法令の趣旨・目的に照らして必要な範囲に限定されると解されることから、過度に広範な情報提供や目的外利用とならないよう留意が必要です。
Ⅲ. 施行時期
本改正は、2027年4月1日の施行が予定されています。
Ⅳ. 実務への影響
1. 情報共有の枠組みへの参加
本改正により、預貯金取扱事業者は、不正利用口座に関する情報の提供及び当該情報の分析・活用が求められることとなりますが、実務上は、個々の預貯金取扱事業者が相互に直接情報共有を行うことは現実的ではなく、機構を介した情報共有の枠組み等への参加が前提となることが想定されます。
また、上記のとおり不正利用口座に関する情報の提供等は形式的には努力義務(犯収法11条4項)にとどまるとしても、改正監督指針においても、当該枠組みへの参加を含めた検討・対応が求められていることや、金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」において対応が求められている事項の内容を踏まえると、他の態勢整備義務と同様に、実務上はこうした枠組みへの参加を通じて、各事業者が積極的に検討し、その役割を果たしていくことが求められます。
2. 情報提供・分析体制の整備
預貯金取扱事業者は、不正利用口座に関する情報を提供するとともに、提供を受けた情報を整理・分析し、必要な措置を講ずることが求められます。このため、預貯金取扱事業者においては、どのような場合に「不正利用のおそれがある」と判断して情報提供を行うかについての内部基準の整備が必要となるほか、提供情報の範囲や内容の整理、情報提供に係る手続の明確化等が求められます。また、提供を受けた情報をどのように内部のモニタリングに組み込み、取引制限や口座凍結等の措置につなげるかといった業務フローの見直しも必要となります。実務上は、機構を介した情報共有及び分析の枠組み等が活用されることが想定されることから、他の参加事業者・機構と連携しながら対応を検討することが重要です。
3. 他業態との関係
本改正の対象は預貯金取扱事業者に限定されているため、資金移動業者や暗号資産交換業者等は、本規定に基づく情報共有の枠組みの対象とはされていません。他方で、これらの業態においても不正利用のアカウント情報等については、金融犯罪やマネー・ローンダリング等の防止措置を実行的に講じる上では、同様の情報共有のニーズが存在すると考えられます。預貯金取扱事業者以外の事業者は、本改正の対象外とされたことから、情報提供を許容する明確な法令上の根拠がないことから、個人情報保護法上の第三者提供規制や守秘義務等との関係にも配慮しつつ、同様の情報共有を実施・運用について検討が必要となると考えられます。また、今後、預貯金取扱事業者以外の業態を含めた更なる制度改正の要否や情報共有の在り方についても、実務の動向を注視する必要があります。