Ⅰ. はじめに
本年4月、資源エネルギー庁は、今後の水素・アンモニア政策として、研究開発・社会実装・国際展開の3柱を軸に、水素基本戦略で示された方針をさらに具体化する取組を重点的に促進する方針を示しました1(以下「重点取組(案)」といいます。)。この重点取組(案)は、高市首相が議長を務める政府の日本成長戦略会議の資源・エネルギー安全保障・GX分野において、水素・アンモニア社会実装の官民投資ロードマップとして提案する内容となるもので、今後の水素・アンモニア分野の政策や投資の方向性に重要な示唆を与えています。
本ニュースレターでは、水素社会推進法2に基づく支援制度の最新状況と、今般示された重点取組(案)の主要論点を整理し、クライアントの皆様が留意すべきポイントをまとめております。
Ⅱ. 水素社会推進法に基づく支援制度の状況
前回のニュースレター3でご紹介した案件に続き、本年3月27日、価格差支援制度の下で新たに国内案件2件が、また、拠点整備支援制度の下で初めて2か所の計画認定が、それぞれ発表されました4。価格差支援制度の下で認定された国内案件は2件とも地産地消型の水素供給・利用事業でした。一方、拠点整備支援制度の下で認定された計画の対象地域は、いずれも昨年先行して認定された価格差支援事業(米国産低炭素アンモニアの供給・利用事業)から供給される低炭素アンモニアの受入基地となることが想定されている地区でした。これらにより、両支援制度が連携し、受入・供給拠点が整備される愛知県・中京地区と北海道・苫小牧地区において、2030年に向けて水素・アンモニアのファーストサプライチェーンが構築されていくことが期待されます。なお、認定計画については計画の進捗状況をモニタリングする体制が築かれ、審議会にも適宜報告されるとされています。
資源エネルギー庁は、今後の案件認定・公表予定について、現在の拠点整備支援の枠組みにおいては、2030年度までにファーストサプライチェーンを構築することに注力することとし、その後の支援については、支援中の案件の状況を踏まえながら改めて議論するとしています5。価格差支援制度の今後についてのコメントはありませんが、近時の国際情勢からエネルギー安定供給の評価軸をにらみつつ慎重に審査しているものと考えられます。
Ⅲ. 重点取組(案)の内容
重点取組(案)では、水素・アンモニア政策全体としては、(1)研究開発 (2)社会実装 (3)国際展開の3柱を軸に、重点的に取組を推進する方針が示されています6。
| 項目 | 主な取組 |
|---|---|
| (1) 産業競争力強化に向けた研究開発・商用実証等 |
|
| (2) 水素大動脈構想の実現、官民集中投資による社会実装加速 |
|
| (3) 国際展開の推進・国際標準・国際海運 |
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以下では、まず(2)の長期脱炭素電源オークションの制度改正と水素大動脈構想の実現について解説し、続いて(1)の取組の要旨を紹介します。
1. 長期脱炭素電源オークションの制度改正
長期脱炭素電源オークション(以下「脱炭素オークション」といいます。)において、水素・アンモニア火力については、既に、第3回入札(応札年度:2025年度)から、燃料費等の可変費も、固定的な負担部分に限定せず、一定の範囲で応札価格に算入可能とするとともに、上限価格を引き上げ、発電までのサプライチェーン全体を支援する一方、上流案件を形成する観点から、できるだけ政策的意義と実現可能性の高い案件間での競争を担保するため、第4回入札(応札年度:2026年度)から、燃料サプライチェーンに係る事前審査を行う方針が示されてきたところです7。
これを受け、本年3月27日、水素・アンモニア政策小委員会において、この事前審査は水素社会推進法の認定手続を活用した予備審査とすることと、そのための審査基準骨子が議論されました8。
まず、事前審査のスキームとしては、水素社会推進法に基づく計画認定制度のうち、助成金の交付を希望しない場合の計画認定手続において、予備審査を行うこととし、当該予備審査で適合することをもって脱炭素オークションの入札要件とし、その後、落札案件に限定して本審査を行い、認定することが想定されています。また、この場合、発電事業者(利用事業者)のみを計画の申請者とすること、また、認定する計画の期間は、落札から脱炭素オークションの制度適用期間開始までの期間及び制度適用期間(原則20年間)とすることが想定されています9。そして、上記会合では、下記の審査基準項目が示されています。
【予備審査の基準骨子(案)】
(出典:総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素・アンモニア政策小委員会(第16回)(2026年3月27日)資料5「長期脱炭素電源オークションの水素・アンモニア案件の事前審査について」8頁より抜粋)
ここで特筆すべき点は、「安定供給」の項目において「水素等製造事業に対し、我が国企業が出資する見込みであること」が挙げられていることです。このため、下流において脱炭素オークションに応札する想定の下で認定を申請する案件においては、申請事業者又はその上流の事業者は売買契約により単に生産物を購入するだけのオフテイカーの立場のみでは不十分ということになります。すなわち、日系企業(なお、申請事業者として想定される発電事業者でなくても可)が燃料調達先の上流事業に参画する、又は出資の見込みがある(出資率は事業者の判断に委ねられる)ことが条件となります。
なお、上流事業は原則として一応札につき1つの上流事業とするものの、下記条件を全て満たす場合は複数上流事業で申請することを認めるとしています10。
① 複数上流について、単独の供給事業者(輸入者)により供給されること。
② 契約上、複数上流のうち特定の上流が成立しない場合、速やかにその分を他の上流から調達することで全量を確保することが可能となっている(特定の上流案件からの増量が他の上流案件の状況を踏まえ柔軟に行えることが供給事業者の権利として契約上担保されている)こと。
*予備審査開始時に上記に関して、供給事業者と上流事業者間の拘束力のある契約内容を提出できることが前提
③ 燃料費の応札額は、全量1つの金額条件であること。
また、GX政策の観点から、商用プロジェクトが乏しい黎明期において日本の産業の国際競争力に寄与するかたちでサプライチェーン形成を狙うことが重要と位置づけ、供給事業と利用事業それぞれで、主要設備のうち最低1つが日本の産業の国際競争力強化に寄与することが求められることとなりました。
具体的には、供給事業においては水素等の製造設備や輸送船(外航船)、利用事業においては国内貯蔵設備や発電設備で、それぞれ日本の産業の国際競争力強化に寄与する企業により製造又は建設施工や建造がなされることが求められます11。ただし、この条件をどの程度厳格に適用されるかの判断にあたっては、当該企業の製造能力の制約等の諸事項を総合的に勘案するとしています。
このように、今後の発電分野における水素・アンモニアの導入においては、脱炭素オークションが実装と支援制度の中心となっていくものの、制度間連携により、政府支援を受ける案件は入札価格の競争だけでなく「エネルギー安定供給」と「GX政策」の両政策面からの審査を受けることとなります。したがって、第4回入札(応札年度:2026年度)からは、入札者においては、発電事業だけでなく、上流を含めたサプライチェーンの政策適合性を見据えた事業計画の策定が求められると考えられます。
今後、政府はこの骨子を踏まえ規定類等において可能な限り具体的な基準や運用に落とし込む方針としています。
2. 水素大動脈構想
水素大動脈構想とは、水素・アンモニア社会の実現を加速化するため、産業界のコミットの下、政府としても必要な施策を実施し、官民一体となり水素・アンモニアの社会実装を進める重点的な取組群を指します12。
具体的には、まず足元で技術が確立し需要創出が期待されるモビリティ分野において、今後10年程度で、重点地域(福島県、東京都、神奈川県、愛知県、兵庫県、福岡県)とそれをつなぐ幹線道路を中心に、供給・利用の拡大とコストの低減の両面に取り組み、各ステークホルダーが抱える課題(“3すくみ状態”)への集中的な対応を図るとしています。そして、重点地域とそれらをつなぐ幹線道路を中心に需要を広げるとともに、全国で立ち上がりつつある社会実装の取組とも連携し、多様な分野で水素・アンモニアの利用促進に取り組む(特に、発電分野や、いわゆるHard to Abate分野において、早期の社会実装と需要創出に繋げる取組を進めていく)としています。
この方針は、(一社)水素バリューチェーン推進協議会(以下「JH2A」といいます。)が本年3月に公表した同名の構想がベースにあります。ここでは、国内でモビリティ分野を起点に早期に経済性のあるスモールサクセスを確立し、モビリティ以外の分野も水素需要を創出していく、また、JH2Aメンバーも自らユーザーとして需要創出の先頭に立つとしています。
(出典:GX実現に向けた専門家ワーキンググループ(第17回)(2026年4月16日)資料2-4「『資源・エネルギー安全保障・GX』分野における成長戦略」10頁より抜粋)
政府はこのJH2Aの構想に応え、官民で視線を合わせた上で重点的に取り組む方針を示しています。例えば、大規模水素ステーションの整備や大型トラック等の燃料電池商用車集中投入支援をすることにより、需要の塊を創出する狙いを明確にしています。また、投資のインセンティブや透明性を高めるために、クリーン水素認証の仕組みの整備や、GX-ETS、賦課金等、産業分野と連携しグリーン価値市場を創出する方針も構想の一部として触れています。そして、「水素調達1%宣言キャンペーン」や優良事例の拡大を見据えた表彰事業等による民間のコミットを引き出す施策も構想にあるようです。
より具体的な政策メニューは今後展開されるものと思われますが、国内市場の確立に向けて産業界がリードして提示した構想を政策でバックアップするという点で、本構想の着実な実現とその過程における様々な事業機会の発生が期待されます。
3. 将来的な国産化・価格低減の手段の追求(天然水素の可能性等)
重点取組(案)では、将来的な水素の大幅な価格低減や、国産化に資する技術革新の確立に向けた研究開発や環境整備も重要としています。中でも、第7次エネルギー基本計画13にも記載されている、高温ガス炉の実証炉開発を産官学で進めていくことや天然水素の利活用に向け技術や知識の蓄積を図る点が強調されています。
天然水素は、地下において地質学的反応により生成し、地中に賦存する水素分子のことです。これは世界中で広く観測事例があり、日本では長野県白馬八方温泉等で観測されているほか、海外でもスタートアップ等が主体となり天然水素の探鉱及び開発に向けた取組が進められています14。
天然水素については、今のところ国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が中心となり水素生成の可能性や適地に関する研究を進めている段階で15、将来的に国産エネルギーとして開発されていく可能性が期待されます。なお、今後本格的に天然水素の資源探査や開発が行われる場合は、海外で天然水素を鉱物資源として明確化する動きや規制対象として分類するといった事例を踏まえながら、国内天然水素の適切な資源開発を図るための法整備や方策の検討が本格化していくものと考えられます16。
Ⅳ. おわりに
足元では世界的にエネルギー安全保障が喫緊の課題となっており、水素を含むクリーンエネルギーに対する投資や市場形成は停滞しているとの見方もあります。他方でエネルギーの多様化・脱炭素化に向けた世界的な潮流は底堅く流れており、経済の強靭性やエネルギー安全保障の観点から、水素に対する政府等による長期間の支援・規制や、積極的な取組を進める企業の動きは継続しています17。
当事務所としては、引き続き、水素の社会実装の黎明期における動向をフォローし、クライアントの皆様に価値ある情報を提供してきたいと考えております。
- 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会水素・アンモニア政策小委員会(第17回)(2026年4月21日)資料2「水素・アンモニアの社会実装に向けた当面の課題と今後の重点取組(案)」(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/017_02_00.pdf)
- 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律(令和6年法律37号)
- Energy & Infrastructure Newsletter「水素政策の最新動向 ~2025年のまとめと今後の展望~」(2025年12月24日配信)
- 資源エネルギー庁特設ページ「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律(水素社会推進法)」中の8項(https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/hydrogen_society/carbon_neutral/index.html)
- 第21回資源・燃料分科会脱炭素燃料政策小委員会(2026年4月17日)資料8「水素社会推進法の計画認定の進捗について」(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/nenryo_seisaku/pdf/021_08_00.pdf)
なお、2030年度までの構築という時間軸の条件はあるものの、申請済案件は引き続き審査中であり追加認定を否定するものではないと考えられます。 - 前掲脚注1の資料
- 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会制度検討作業部会「第二十二次中間とりまとめ」(2025年8月)17頁
- 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素・アンモニア政策小委員会(第16回)(2026年3月27日)資料5「長期脱炭素電源オークションの水素・アンモニア案件の事前審査について」
- 前掲脚注8の資料9頁~10頁
- 前掲脚注8の資料6頁
- 前掲脚注8の資料7頁
- 前掲注1の資料19頁
- 第7次エネルギー基本計画75頁~76頁(https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/20250218_01.pdf)
- 第46回総合資源エネルギー調査会資源・燃料分科会(2026年5月15日)資料3「資源・燃料政策を巡る状況について」51頁~53頁(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/pdf/046_03_00.pdf)
- 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「天然水素開発に向けたNEDOの戦略」(2025年10月28日)参照(https://www.nedo.go.jp/content/800034764.pdf)
- 前掲脚注1の資料参照。なお、国内の石油・ガスや石炭、鉱物等の地下資源の開発は鉱業法の下で行われるため、天然水素開発のための方策の一つとしては鉱業法の対象である「特定鉱物」に天然水素を含める改正をするといった手当が必要となると考えられます。
- 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素・アンモニア政策小委員会(第15回)(2026年2月18日)事務局資料及び発言参照(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/015.html)