2025年3月7日、政府は、「譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律案」(以下「本法律案」といいます。また、本ニュースレターで単に条文番号のみを記載する場合は、本法律案の国会提出時点における条文を意味します。)及び「譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」(以下「整備法案」といいます。)を閣議決定し、国会に提出しました。
本法律案及び整備法案は、法制審議会・担保法制部会がおよそ4年近くをかけて取りまとめた「担保法制の見直しに関する要綱」1に基づくものです。動産、債権その他の財産(不動産等を除きます。)を担保の目的とする譲渡担保契約及び所有権留保契約に関して、それらの契約により設定される権利の内容や順位等について定めるとともに、権利の実行方法等を規定するために新たな法律を作ることとしており、また、これに合わせて、動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(以下「特例法」といいます。)その他の関連法令の整備を行うものとしています。
本法律案及び整備法案に関連する論点は多岐に亘りますが、本ニュースレターでは、実務上特に重要と考えられるポイントをご紹介します。
本法律案において譲渡担保契約は以下の①から③を満たす契約をいうものとされています(2条1号)。この定義に該当しない譲渡担保契約(例えば、下記①において対象から除外されている財産を目的とする譲渡担保契約)の効力等については、本法律案は適用されず、引き続き解釈に委ねられることとなります。
① 債務者又は第三者が下記いずれかの財産を債権者に譲渡することを内容とするものであること
- 動産
- 債権(民法3編1章4節の規定により譲渡されるものに限ります2。)
- その他の財産(次に掲げるものを除きます。以下「その他の財産」といいます。)
イ 農業用動産及び登録自動車(建設機械である大型特殊自動車を除きます。)以外で、抵当権の目的とすることができる財産
ロ 特許権、実用新案権、意匠権及びこれらの実施権、商標権及びその使用権、育成者権及びその利用権、特許、実用新案登録又は意匠登録を受ける権利、商標登録出願により生じた権利並びに防護標章登録に基づく権利3
② 上記①の譲渡が金銭債務を担保するために行われること
③ 所有権留保契約(2条16号ロ)に該当しないこと
現行法及び従来の判例法理の下では、後順位の譲渡担保権の設定が可能であることを示唆する判例4は存在するものの、後順位譲渡担保権の設定を譲渡登記により公示することができず、また、後順位担保権者が行使できる権利の内容が不明確であることから、複数順位の譲渡担保権は積極的には利用されてきませんでした。
この点について、本法律案は、譲渡担保権の重複設定を明確に認めることとしています(7条)。
また、後順位の動産譲渡担保権者による私的実行(実行方法については後記Ⅲ.で触れます。)にあたっては先順位の動産譲渡担保権者全員の同意を要するという規律を採用しています(62条、67条)。
譲渡担保契約は、債務者との間に生ずる「一定の範囲に属する不特定の債権」を担保するためにも締結することができるとされています(13条)。これは、根譲渡担保権を認めるものであり、本法律案では、民法上の根抵当権に関する規定(一部の規定を除きます。)に倣って、根譲渡担保権に関するルールを定めています(14条から26条まで)。
動産譲渡担保契約に基づく動産の譲渡の対抗要件は、現行法と同じく引渡し(民法178条)であり、また、特例法に基づく動産譲渡登記がされたときは、引渡しがあったものとみなされます(特例法3条1項)。
上記の「引渡し」には、占有改定(民法183条)も含まれると解されているところ、この点は本法律案でも変更はありません。もっとも、占有改定は公示性を欠く(譲渡当事者間でしか知り得ない観念的な引渡しであり、外形に変化が生じないため、先行して占有改定により対抗要件を備えた者がいるか否かや、占有改定が行われた時期が第三者から見て判然としない)ことから、これに動産譲渡登記と同等の対抗要件具備の効果を付与することについてはかねてから問題が指摘されていました。かかる問題の解消策として、本法律案では、占有改定劣後ルールを採用しました5。すなわち、占有改定により対抗要件を備えた動産譲渡担保権は、占有改定以外の方法で対抗要件を備えた動産譲渡担保権、動産質権又は企業価値担保権に劣後することとなります(36条1項)。
また、譲渡担保権者が一旦現実の引渡しを受けた後で、譲渡担保動産を設定者に返還し、爾後、設定者が譲渡担保権者のためにそれを占有するといった方法等で占有改定劣後ルールを潜脱することを防ぐため、このような場合には当初から占有改定により対抗要件を備えたものとみなすこととしています(同条2項)。
他方で、譲渡担保動産の代金支払債務や、その支払委託先に対する求償債務(以下「牽連性のある金銭債務」といいます。)6のみを担保するために設定された動産譲渡担保権に関しては特則が設けられており、譲渡担保動産の引渡しがなくても、第三者に対抗できるものとしています(31条1項)。また、担保権の順位を決する上では、動産の譲渡時に占有改定以外の方法による引渡しがあったものとみなすこととし(同条2項)、さらに、牽連性のある金銭債務を担保する限度においては、(当該動産譲渡担保権者が一定の時点までに引渡しを受け、又は、引渡しを受けたとみなされる限りにおいて)競合する他の動産譲渡担保権、動産質権又は企業価値担保権に対して優先するものとされています(37条)。特に、他の担保権が集合動産譲渡担保権である場合には、加入時説が採用されています(同条2号)。
現行の実務において広く利用されている集合動産譲渡担保契約に関しても、本法律案においてルールの明確化・精緻化が図られています。
譲渡担保動産の特定方法について、40条では、次に掲げる事項を指定することにより、将来において属する動産を含む7ものとして範囲(以下「動産特定範囲」といいます。)を定めるものとしています。
① 譲渡担保動産の種類
② 譲渡担保動産の所在場所その他の事項
上記のうち、①の種類については必須の特定要素である一方で、②については、何らかの事項が合理的に指定されれば足り、所在場所の指定は必須ではないこととなりました。
集合動産譲渡担保権の対抗要件については、動産特定範囲に属する動産の全部の引渡しを受けたときは、当該範囲に将来において属する動産についても対抗力を具備するものとされており(41条1項)、これは従来の判例法理8を明文化したものになります。
また、以下のようなケースにおいては例外的にDの担保権を優先させるべく、限定的に加入時説((iv)の加入時点においてDがその有する動産譲渡担保権について対抗要件を具備していれば、Bの有する集合動産譲渡担保権に優先する規律)9が採用されています(同条2項)。
(i) Aを設定者、Bを譲渡担保権者として甲工場内の機械に集合動産譲渡担保権を設定し、動産譲渡登記によって対抗要件を備えた。
(ii) Cを設定者、Dを譲渡担保権者として、乙機械に(個別)動産譲渡担保権を設定し、動産譲渡登記によって対抗要件を備えた。
(iii) Cが乙機械を動産譲渡担保権の負担付きでAに真正譲渡した。
(iv) Aは、乙機械を甲工場に搬入した。
集合動産譲渡担保権設定者は、原則として、動産特定範囲に属する動産の処分権限を有します(42条1項本文)が、例外的に、(a)設定者が担保権者を害することを知っていたとき(同項但書)、及び、(b)担保契約に別段の定めがあるとき(同条2項)は、処分権限が制限されます。上記(a)又は(b)に反して動産の処分がなされた場合、その取引の相手方は、設定者(売主)の処分権限につき善意であれば、当該動産について担保権の負担のない権利を即時取得することになります(42条3項)。すなわち、民法192条の適用において、過失の有無が問われないこととなり、取引相手方の保護が強化されることとなります。
さらに、集合動産譲渡担保設定者は、動産の補充等による価値の維持義務10を負うことが明確化されています(43条)。
債権譲渡担保契約に基づく債権(将来債権を含みます。)の譲渡の対抗要件も、現行法と変わりません。すなわち、債務者に対する通知又は債務者の承諾が債務者対抗要件であり(民法467条1項)、これらの通知又は承諾を確定日付のある証書によってすることにより第三者対抗要件となります(同条2項)。また、特例法の適用がある債権譲渡に関しては、債権譲渡登記がされたときは、債務者以外の第三者との関係で確定日付のある証書による通知がなされたものとみなされ(特例法4条1項)、さらに債務者に対して登記事項証明書を交付して通知することによって債務者対抗要件を具備します(同条2項)。
債務者対抗要件が具備された後に第三債務者が担保権者に対して行った弁済等は、担保権設定者その他の第三者に対抗することができます(48条1項前段)。譲渡担保債権の弁済受領権限及び取立権限については、後記Ⅲ.2.(1)で改めて触れます。
集合債権譲渡担保権は、譲渡担保債権の発生年月日の始期及び終期、発生原因その他の事項を指定することにより、将来において属する債権を含むものとして定められた範囲(以下「債権特定範囲」といいます。)を特定することにより設定されます(53条1項)。
集合債権譲渡担保権設定者は、担保契約において債権特定範囲に属する債権を取り立てることができる旨の定めがあるときは、かかる債権の取立権限を有します(同項)。
集合動産譲渡担保契約における動産の補充等による価値の維持義務に関する規律(43条)は、集合債権譲渡担保契約にも準用されます(54条1項)。
その他の財産を目的とする譲渡担保権については、本法律案2章1節1款(総則)の各規定が適用されるほか、同節4款(その他の財産を目的とする譲渡担保契約の効力)の規定が適用されます。また、その性質に反しない限り、債権譲渡担保契約の効力に関する規定が準用されます(58条)。
譲渡担保権者は、本法律案2章2節(譲渡担保権の実行等)の規定による実行手続によらなければ、譲渡担保財産の譲渡(譲渡担保権の実行)を行うことができません(5条)。譲渡担保権の実行方法の概要は以下のとおりです。
(1) 動産譲渡担保権の実行方法
本法律案は、動産譲渡担保権の実行方法として、帰属清算方式(60条)又は処分清算方式(61条)による私的実行と、民事執行法190条の規定による動産競売(72条2項)11を認めています。
私的実行手続について、中間試案では、その開始に先立って担保権者が設定者に対して通知を行うことを必要とするか否か、また、当該通知から一定期間が経過するまで実行の効力が生じないものとするかどうかについて、複数の案が提示されていました。本法律案は、帰属清算方式と処分清算方式のいずれについても、通知を必要とし、かつ、当該通知から2週間を経過するまで(当該期間の経過よりも先に譲渡担保動産が担保権者又は処分清算譲渡を受けた第三者に対して引き渡された場合は当該引渡時まで)、担保実行の効力(被担保債権の消滅及び譲渡担保動産の所有権の確定的な取得)が生じないこととしています。
私的実行の通知から2週間を経過した時又は引渡時のいずれか早い時(「帰属清算時」又は「処分清算時」と呼ばれます。)は、譲渡担保権の実行に関わる様々な規律において基準となる時点として機能します。例えば、帰属清算時又は処分清算時における譲渡担保動産の価額が当該時点における被担保債権の額を超えるときは、動産譲渡担保権者はその差額を清算金として設定者に対して支払わなければならないとされています(60条4項、61条5項。なお、かかる清算金の支払債務は、譲渡担保動産の引渡しの債務と同時履行の関係に立ちます(60条5項、61条6項)。)。また、帰属清算時又は処分清算時の後は、担保権の実行後の引渡命令(78条)の申立てが可能となります。
(2) 集合動産譲渡担保権の実行
集合動産譲渡担保権は、動産特定範囲に将来属することとなる動産にも効力が及びますが、集合動産譲渡担保権者による担保実行等の手続や、第三者による差押え等の手続があったときは、その後に動産特定範囲に加入する動産には担保権の効力が及ばないと考えられています(いわゆる「固定化」)。本法律案では、このような固定化の生じる要件及び範囲についての規律が設けられています(66条、69条、70条)。固定化の生じる要件については、問題となる手続の主体及び種類によって細分化されており、また、固定化が及ぶ範囲については、客観的な明確さの観点から、動産の所在場所によって画することとしています。
また、本法律案で新たに導入されるルールとして、集合動産譲渡担保権者による超過分の金銭の組入義務(71条)があります。これは、集合動産譲渡担保権の目的物が事業資産のうちの広い範囲に及ぶことがあるため、設定者が倒産に至った際の一般債権者の弁済原資を確保するために政策的に設けられたルールです。具体的には、集合動産譲渡担保権の実行により被担保債権の回収に充てた金額が、次のいずれか大きい方の額を超える場合において、回収から1年以内に設定者について法的倒産手続が開始したときは、担保権者は、当該超過額を破産財団等に組み入れなければならないものとされています12。
① 集合動産譲渡担保権の目的である動産の価額の10分の9
② 当該担保実行の費用及び集合動産譲渡担保権(複数ある場合は最優先のもの)の被担保債権の元本の合計額
(3) 実行のための裁判手続
動産譲渡担保権の実行手続の実効性及び効率を高めるために、本法律案は、次の3つの裁判手続を設けています。なお、後順位の動産譲渡担保権者が下記①又は②の手続の申立てを行う場合は、先順位の動産譲渡担保権者全員の同意を得なければならないとされています(77条)。
① 担保権の実行のための保全処分(75条)
② 担保権の実行のための引渡命令(76条)
③ 担保権の実行後の引渡命令(78条)
(1) 弁済受領権限及び取立権限
債権譲渡担保権の被担保債権について不履行があったときは、担保権者が譲渡担保債権を直接に取り立てることができます(92条1項前段)。
なお、譲渡担保債権の弁済受領権限及び取立権限に関する本法律案の主要な規律をまとめると、次のようになります。
| 個別債権譲渡担保 | 集合債権譲渡担保 |
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平時 | - 債務者対抗要件が具備された後に第三債務者が担保権者に対して行った弁済等は、設定者その他の第三者に対抗可能(48条1項前段)。
- 被担保債権の弁済期が到来するまでは、担保権者は第三債務者から収受した利益相当額の金銭を設定者に払う必要なし(同項後段)。
- 被担保債権の弁済期が到来したときは、担保権者は、設定者に対し、第三債務者から収受した利益相当額から被担保債権額を控除した残額を支払う(同条2項)。
- 被担保債権についての不履行が生じる前に譲渡担保債権の弁済期が到来したときは、担保権者は、第三債務者に対して、供託を求めることができる(同条4項)。
| - 債務者対抗要件が具備された後に第三債務者が担保権者に対して行った弁済等は、設定者その他の第三者に対抗可能(48条1項前段)。
- 担保契約において設定者が取り立てることができる旨の定めがあるときは、設定者が取立権限を有する(53条1項)。この場合は、48条1項後段の適用がなく、担保権者が第三債務者から収受した利益相当額の金銭を設定者に支払わなければならない(53条2項)。
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被担保債権が不履行に陥った後 | | - 担保権者が取立権限を取得する(92条1項前段)。
- 担保権者が直接取立てを行い、又は、私的実行の通知をしたときは、設定者の取立権限は失われる(94条)。
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(2) 帰属清算方式と処分清算方式
動産譲渡担保権と同様に、債権譲渡担保権についても帰属清算方式及び処分清算方式による私的実行が可能であり、(目的物の引渡しに関する規定を除き)動産譲渡担保権の私的実行に係る規定が準用されています(93条)。
(3) 集合債権譲渡担保権の実行
集合債権譲渡担保権についても、集合動産譲渡担保権と同様に、超過分の金銭の組入義務の新ルールが導入されます(95条)。
(4) その他の財産を目的とする譲渡担保権の実行
その他の財産を目的とする譲渡担保権の実行については、その性質に反しない限り、債権譲渡担保権の実行に関する規律が準用されます(96条1項)。但し、取引所の相場その他の市場の相場がある商品(例えば上場株式)を目的とするものについては、価格変動の影響を受けやすいことに鑑みて、私的実行における通知から2週間の猶予期間は設けないものとしています(同条2項)。
各倒産手続において、譲渡担保権者は次のように取り扱われます。
破産手続 | - 別除権者(破産者が当該財産に有する権利が破産財団に属する場合)(97条1項)
- 準別除権者(破産者が当該財産に有する権利が破産財団に属しない場合)(同条2項)
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再生手続 | |
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更生手続 | |
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特別清算手続 | |
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承認援助手続 | |
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集合動産譲渡担保権又は集合債権譲渡担保権が設定されている場合、設定者は、担保実行手続が開始されること(集合動産については66条1項の通知、集合債権については94条の通知がなされること)により、集合動産又は集合債権の構成部分であった動産又は債権の処分・取立権限を失います。設定者が処分・取立権限を失った後に担保権実行手続中止命令(民事再生法31条等)が発令された場合であっても、中止命令は担保権の実行手続をそれ以上進行させないという効力を有するのみであることからすると、設定者の処分・取立権限が回復するわけではありません。また、設定者が処分・取立権限を回復しないとすると、設定者は、(集合動産に含まれる)商品の販売や(集合債権に含まれる)売掛金の回収ができず、事業を継続することが事実上困難になり、別除権協定締結までの時間的猶予を与えるという中止命令の趣旨が達成されない可能性があります。
そこで、本法律案では、再建型の倒産手続において設定者の事業継続を可能とする観点から、設定者の処分権限や取立権限の消滅など、担保権の実行によって既に生じた効果を取り消す「取消命令」の制度を設けています(99条から104条まで)。
なお、再生手続開始の申立て又は更生手続開始の申立てがあったとき(又はその原因となるべき事実が生じたとき)に集合動産譲渡担保権設定者又は集合債権譲渡担保権設定者が自動的に動産の処分権限や債権の取立権限を失う旨の特約が譲渡担保契約に設けられてしまうと、担保権実行手続取消命令をもってしても取消しの対象が存在しないこととなり対応が困難になることから、かかる特約は無効であることが明確化されています(105条。所有権留保に関する後記V.2.もご参照下さい。)。
また、再建型の各倒産手続における担保権実行手続中止命令及び包括的禁止命令(会社更生法25条)に関する規定についても、整備法案において調整が加えられています。
集合動産譲渡担保権や集合債権譲渡担保権の設定者について倒産手続が開始された場合に、その後、管財人や再生債務者が取得する財産に担保権の効力が及ぶかどうかについては、従来、見解が分かれていました。
本法律案では、動産及び債権のいずれについても、倒産手続開始決定後の新規加入財産には担保権は及ばないとする規律を採用しています(動産について106条、債権について107条1項、2項本文)。これは、破産財団や再生債務者等の負担により動産や債権が増加して担保権者への弁済が増えるという問題が生じないこと、倒産手続開始後における権利義務の内容が明確であることを考慮したものです。
但し、債権に関しては、再生手続及び更生手続の場合に限り例外を設け、集合債権譲渡担保契約に別段の定めがある場合は、当該手続開始決定後に発生した債権に対しても担保権の効力が及ぶものとしています(107条2項但書)。
現行法上、集合動産譲渡担保権又は集合債権譲渡担保権の設定者が支払不能になった後や、設定者について倒産手続開始の申立てがあった後に、動産特定範囲に動産を加入させた場合や債権特定範囲に属する債権を発生させた場合に、これらの行為が否認の対象になるかどうかが問題とされてきました。本法律案は、これらの行為が専ら担保権者に弁済を受けさせる目的でなされたときは、「担保の供与」に該当するものとみなして破産法等の否認に関する規定を適用することとしています(108条)。また、民法に基づく詐害行為取消請求(民法424条の3)についても、これと同様のみなし規定を設けています(45条、54条2項)。
本法律上の譲渡担保契約に関する各種の規定は、所有権留保契約についても基本的に準用されます(111条1項)。
所有権留保と他の担保権の競合が理論上生じ得るか否かについては議論がありましたが、本法律案ではかかる競合が生じ得ることを前提として、所有権留保の対抗要件に関する規律を設けています。すなわち、動産の所有権留保は、当該動産の留保買主等から留保売主等への引渡し(登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない動産にあっては、留保売主等を所有者とする登記又は登録)がなければ、第三者に対抗することができないものとしつつ(109条1項)、牽連性のある金銭債務のみを被担保債務とする、いわゆる「狭義の所有権留保」については、引渡しがなくとも対抗できるものとしています(同条2項)。
再生手続開始の申立て又は更生手続開始の申立てがあったこと(又はその原因となるべき事実が生じたこと)を解除事由とする条項が契約に組み込まれると、再建型倒産手続の趣旨・目的に反するものとして無効とされるという法理が実務上広く受け入れられています。本法律案では、かかる法理を受けて、所有権留保契約について、留保買主等に再生手続開始の申立て若しくは更生手続開始の申立てがあったこと、又はその原因となるべき事実が生じたことを解除事由とする条項が無効であることを明文で規定することとしました(110条)。
本法律案において譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する規律を設けることに伴い、関連する法律(民法、民事執行法、民事保全法、特例法、民事再生法、会社更生法、会社法等)についても見直すこととされ、整備法令で手当てがなされています。
例えば、特例法の改正により、①動産譲渡登記の記録事項の整理(譲渡担保権者に関する記録等)、②転譲渡担保権の設定登記の新設、③譲渡担保権の移転や順位の変更に係る登記の新設、④競合担保登記目録制度の新設、⑤所有権留保登記の新設等の手当てが講じられています。
中間試案においては、ファイナンス・リースに関する規定の在り方についての提案がなされていましたが、本法律案には盛り込まれませんでした。ファイナンス・リースの中には、動産利用権を目的とする債権譲渡担保権と性質決定すべき取引が存在し得るところ、その対抗要件具備の方法や私的実行の方法について特則を設けようとする提案でしたが、賛否が分かれる論点であったため、本法律案に明示的な規定を設けるには至りませんでした。
また、普通預金を目的とする担保権に関する規律についても、中間試案では触れられていたものの本法律案には盛り込まれませんでした。したがって、普通預金を目的とする担保権の法的構成、その要件、法的倒産手続における取扱い等については、引き続き解釈に委ねられることになります。
なお、中間試案において「事業担保制度」として掲げられていた制度は、事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律52号)における企業価値担保権制度13として別途法制化されています。
本法律案及び整備法案が成立した場合、原則としてその公布の日から起算して2年6ヶ月以内に施行される見込みです(本法律案附則1条本文、整備法案附則本文)。
本法律案及び整備法案の内容は、担保付き金融取引に大きな影響を与えるものであり、制度の背景も踏まえた正確な理解が必要となります。また、一部の規定を除き、新法の規定は、その施行日前に締結された譲渡担保契約及び所有権留保契約についても適用されるため(本法律案附則2条)、譲渡担保取引及び所有権留保取引の契約実務及び運用については、施行日を待たずに見直しを進めることが重要となります。
当事務所では、今後の国会審議の内容も含めて、議論の動向を注視し、随時情報発信に努めてまいります。